幕間その6 新刊発売日に書店でうろちょろしてる奴はだいたい作者
【ねこねこ視点】
――暑っ。
駅から出て、途端に襲い掛かってきた太陽の光にねこねこは目を細めた。
漫画本編は冬に入ろうとしている時期だが、現実は八月の夏季真っ盛りである。
創作していたらよくあることだ。体感と想像の温度の乖離が激しくてたまに思考がぐちゃぐちゃになる時もあるが、創作とはそういうものなので仕方ない。
普段、こんな暑い日は冷房の効いた自室でだらだらと過ごしているところだが……この日だけは、どうしても外出せずにはいられなかった。
なぜなら今日は、新刊の発売日。『もうラブコメなんてこりごり(泣)2巻』が書店に並ぶ日だ。
こんな日に、作者が家で大人しくしていられるわけがない。
いや。あるいは、売れている人気漫画家なら平然としていられるかもしれないが、ねこねこにまだそんな余裕はない。
(そ、そわそわする……落ち着かないっ)
新刊の発売日なのだ。どうしても作品が気になって仕方ない。
作者にとって、作品とは我が子であり、我が分身でもある。冷静ではいられないのだ。
だから彼女は、ここに来ることを決めたのだ。
(へ、平日なのに人が多い……秋葉原ってこんな場所だっけ???)
オタクの聖地――秋葉原。
ここには徒歩圏内にいくつもの書店が並んでいる。なので、その全ての書店を回って自分の新刊を買うことにしたのだ。
もちろん、意味はない。
自分の作品なので内容は誰よりも熟知している上に、献本も15冊もらったので、むしろ持て余している。
だが、買う。なぜか。少しでも恩返しがしたいから。
本を置いてくれる書店さんへの感謝も込めて、彼女は秋葉原に降り立ったのである。
普段は郊外の人が少ないところで暮らしている彼女にとって、秋葉原は都会そのもの。地図アプリとおぼろげな過去の記憶を頼りに、書店のある方へ足を進める。
向かった先は、書店――というか、緑色の看板が目印の専門店だった。
オタクなら誰もが知っているお店である。漫画やラノベはもちろん、同人誌やオタク系の雑誌、作品のグッズに、それから……ちょっとエッチな本まで売られている総合書店だ。
このお店で、どうしても見たいものがあったのである。
(……わぁ。本当に飾られてる)
新刊コーナーの一角。
隅のほうに、飾られるように掲示されていたのは……自分のサインが書かれている色紙だ。もちろん、片隅には最上風子の簡単なイラストも描いている。
そう。今回、いくつかの書店で色紙を依頼されていた。そのうちの一つがこの店舗だったのである。
(しかもPOPまで!! す、すごい……本当にありがとうございますっ)
サイン色紙と一緒に掲示されていたのは、書店が用意してくれた販促用のPOPだった。
『モブ子ちゃんが最高に可愛いです!』
と、いう手書きの文字と一緒に、書店員さんが書いてくれたであろう風子のイラストがあった。
もちろんそれをスマホで撮影して、ねこねこは感極まっていた。
それも無理はない。
何せ、自分の作品のために棚を確保して、販促用にPOPまで作ってくれているのだ。作者として嬉しくないわけがないだろう。
(う、嬉しい……しかも、こんなにたくさん入荷してくれたんだっ)
色紙の下には、数十冊もの新刊が積まれていた。軽く数えてみたところ三十はあって、ねこねこは普通にびびった。
(神様、お願いします! どうか、在庫が少しでも減ってくれますように!!)
この山を低くするためにも。
まずは一冊、自分が手に取って……それから、ギュッと胸に抱いた。
(本当に、二巻だぁ)
彼女にとって二冊目の単行本。
しかも表紙は、覚醒した最上風子の姿である。
(我ながらよく描けた……!)
表紙は作品の顔だ。この出来栄えで売り上げが変わると言っても過言ではない。
もともと画力の高いねこねこにとって、表紙というのは自分の強みを活かせるフィールドでもある。担当編集の安藤にもお墨付きをもらったクオリティなので、彼女は少しだけ自信を持っていた。
(本当は、二巻で打ち切りになるはずだったのに……よくがんばったね)
書店の片隅で、彼女はちょっと感極まって泣きそうになってしまう。単行本の背表紙を優しく撫でながら、物思いにふけってしまった。
一巻の発売から二週間後のことだった。売れ行きが芳しくないということで、物語を畳むことも考えていたのである……あの時期に比べると、今は本当に幸せだと彼女は思った。
ただ、不幸中の幸いにして、早めに打ち切りを伝えられたことで即座に方向転換を決断できた。二巻前半にあたる話数の時点では最上風子が中心となり、後半にあたる話数に差し掛かるころには読者からも高い評価をもらえるようになって、だから編集部も続編を決定することができたらしい。
もともと、編集部も二巻で打ち切りにすることに申し訳ない感情もあったのだろう。
二巻の中盤あたりから、売上向上の施策として一巻の内容すべてと、二巻の前半部分――ちょうど最上風子が覚醒する部分までをウェブ上で無料公開してくれた。この施策のおかげで一気に読者が増えたなと、ねこねこは実感している。
やはり無料というのが強い。ただ、出版社としては利益が少ない上に、担当編集の安藤からは『二巻では単行本に読み切りのお話を一つお願いします。無料公開されている部分もあるので、読者が買いたいと思ってくれる内容が必要です』と指示された。
おかげでこの一ヵ月は大変だった。
単行本にあたっての修正に加えて、販促のためのサインと、それから更に読み切りの追加と重なって、ちょっと精神的にもきつかった。しかしそれでもやり遂げたおかげで、こうして書店で並んでくれたのだ。
(良かった。うん……本当に、良かった)
その喜びを、ねこねこは強く噛みしめていた――。
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