93 薫の頼み事
照りつける夏の日差しが、海に反射して煌めいている。
すると、白い船が横切っていく。
その船に、ハルは乗っていた。
もちろん、仲間のアニマたちも一緒である。
「うぅ……気持ち悪い……」
そして、ただいま船酔い中である。
そこに、ユミと猿渡がやってきた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ハルさん、少し横になった方が……」
「だっ、大丈夫……風に当たってれば、なんとか……」
「でも……」
「それに、薫さんの頼みだしね」
なぜ、ハルたちは船に乗っているのか。
それには、こんな経緯があった。
★★★
研究所で、ハルはサラとの再会を喜んでいた。
すると、薫がハルの肩を叩いた。
「喜んでいるところ悪いんだが、ちょっといいかい?」
「薫さん、どうかしたんですか?」
「いやぁ、ちょっと君たちに頼みたいことがあってね……」
頬をかきながら、薫は苦笑していた。
そして、白衣のポケットから、一枚の名刺を取り出す。
名刺を受け取ったハルは、書かれている文字を読み上げた。
「ファッションデザイナー……藤崎昴?」
「私の兄なんだが、今モデルを探していてね」
「モデル、ですか?」
首を傾げるハルを見つめ、薫は頷く。
「しかも、基準が厳しくて、アニマの契約者限定なんだよ」
「それなら、他にもいるんじゃ……」
「それなんだが……」
言葉を濁した薫を、マサたちは怪しんでいた。
答えは簡単。
明らかに、目が泳いでいたのだ。
マサたちの視線に気づき、薫はひとつ咳払いをする。
「君たちのことを話したら、兄も乗り気でね」
「もしかして薫さん、了承したんですか?」
アキナは、不安だった。
自分の上司が、了解も得ず頼み事をするなんて。
しかし、薫は小さく頷いた。
それを見て、アキナは大きく肩を落とす。
ハルも、ぽかんとした顔になっていた。
「だって、いくらか支援してくれているし、断れなかったんだよ……」
「そっ、そういうことじゃ、しかたないですよね……」
「ハルさん、わかってくれるかい!」
薫に手を握られ、ハルは苦笑する。
しかし、あることに気がついた。
「モデルってことは、なにか服を着るんですよね?」
「あぁ、水着だと言っていたかな」
「みっ、水着?!」
「いいじゃないか、せっかくの夏なんだし、皆で楽しんだらどうかな?」
「薫、なんだか強引にすすめてくるな」
「兄貴に逆らえないんじゃね?」
「ハルさん、けっこう押しに弱いですからね」
マサたちの言う通り、ハルは断れずにいた。
すると、ここぞとばかりに、薫は提案してきた。
「そこには、プールや川もあるし、息抜きと思えばいいじゃないか」
「でも、サラさんはアンドロイドだし……」
「ご安心を、マスター」
ハルは、サラに助けを求めたつもりだった。
しかし、その期待はあっさり裏切られる。
「私は防水加工しているので、問題ありません」
「そっ、そっかぁ……」
「そういうことだから、ここに行ってみるといい」
肩を落としたハルに、薫はチラシを手渡した。
そして、ドアの近くを指さす。
そこには、黒髪でおさげの女性が立っていた。
「あと、彼女も一緒に連れていってほしいんだ」
「はっ、はじめまして、北松ヒロです!」
ヒロという女性は、明らかに緊張していた。
ハルは薫の腕を引き、部屋の隅に連れていく。
そして、小声で尋ねた。
「薫さん、彼女は大丈夫なんですか?」
「どういうことだい?」
「だって、アキナちゃんの時みたいに、誰かが送りこんでいるとか……」
「私もそう思って、ちゃんと調べたよ」
ハルの心配がわかり、薫は頷いた。
「大丈夫、彼女は普通の社会人さ」
「……わかりました」
納得したハルは、ヒロに近づいた。
緊張と不安でいっぱいのヒロに、ハルは微笑む。
「はじめまして、神崎ハルです」
「よっ、よろしくお願いします!」
「もっと、楽にしていいんですよ?」
「はっ、はいぃ!」
すごいガチガチだな……と、ハルは苦笑するしかなかった。
そんなヒロの肩を、薫が優しく叩く。
「じゃぁ、運転は任せたよ」
「はっ、はい!」
★★★
「皆さーん、そろそろ目的地に着きますよーっ!」
ヒロのアナウンスに、デッキにいたハルたちは振り向く。
「本当、びっくりだよね」
「えぇ、まさかヒロさんが、船を運転できるなんて」
「人は見かけで判断したら、ダメだね」
「ふふっ、そうだね」
研究所の時とは違い、ヒロは生き生きしていた。
それが、ハルは微笑ましく思えた。
そして、薫からもらったチラシを見つめる。
「それにしても……」
チラシには、とある島の写真が載っていた。
ハルは目線を上げ、近づいてくる島を見つめた。
「こんな所で、撮影するのかな……」
「なんだか、嫌な予感がします」
「えっ、怖いこと言わないでよ!」
「ふふっ、冗談ですよ」
「もう……」
しかし、この予感が的中することを、彼女たちはまだ知らない。




