29: side ???
注意:残虐な表現あります。
白い部屋。
壁も天井も床も白い。机も椅子も、本棚も白い。本棚の中に入っている本の背表紙も白い。
部屋の中央に、同化する様に白い人がいる。
白い長い髪に、陶器のように白い肌。白い服に身を包み、椅子に座って瞳を閉じている。
部屋の中にはいくつかの魔法の灯が浮かんでおり、灯でできる影だけがこの部屋での色だった。
とんとんとん、と部屋をノックする音が聞こえ、部屋の主の返答を聞かずに白いドアが開いた。
「いつ来ても趣味の悪い部屋ですね」
白い部屋に色がついた。
碧い長い髪をポニーテールにして、歩くたびに揺れている。
健康的な肌の色に、碧の瞳。体にフィットしている服は上は丈の短い長そで、下は短パン。コートのようなスーツを羽織っており、にーハイソックスを履いている。オレンジ系統の色でまとめられている服はその人に良く似合っていた。
一見女性のように見えるが、ある程度の人であれば声や骨格で男性だとわかるだろう。
この部屋の中では、色がついているものが歪に見える。
「ヤン、人の趣味をとやかく言わないでほしいな。私はここが一番落ち着くんだ」
「僕は落ち着きませんけどね」
色のついた人物、ヤンと呼ばれたものは小さく息をついて、何もない空間からバインダーに入った資料を取り出した。
「欲しがっていた資料を書き写してきたものです」
「読んでくれるんだろう?」
白い人物は瞳を閉じたまま告げた。ヤンは大げさにため息をつき、資料を読み上げていく。
数字、地名、数字、色の順で淡々と資料を読んだ。
時間にして十分程度。
「……以上です。現在は四層に保管しています」
「そう……ムスカリはいなかったんだね」
「いないようですね」
「残念だ……」
本当に残念そうにつぶやく。
ヤンは一拍置いて、資料から白い人物へ視線を向けた。
「いかがいたしますか?」
「んー、そうだねぇ。せっかく連れてきてもらったし……集まっているのはいくつ?」
「三十二ですね」
「そっかぁ。上はなんて言ってる?」
「食費も馬鹿にならない。って、トモダ様が言ってましたね」
「んー。ん、ん……トモダが言っていたなら何とかしなきゃだね……もう一度ムスカリを作れればいいんだけどなぁ」
ムスカリ、の言葉を聞くと、ヤンの表情が無くなり、冷たい声を出した。
「ムスカリを作るのは難しいでしょう」
「それは解ってるよ。だから、探しているんでしょ。すぐに作れるんだったら、探さないよ。ムスカリが盗まれて何年たったと思ってるの?」
「二十年ですね。もうすぐ三十年ですか」
「そうだよ。ムスカリは私が作った最高傑作さ」
「……僕より?」
「ああ、そうとも!ムスカリには百八つの魂を入れることができたんだよ?あんなに入れて、人の形を失わなかったのは後にも先にも、ムスカリだけ!」
ヤンは無表情から、むすっとしてその話を聞いている。
白い人物はゆっくり立ち上り、眼を開く。
何色だとは言い難い、綺麗な瞳。赤だと思えば青くなり、青から緑へと変わっていく不思議な瞳はヤンをとらえ、視線を合わせながらゆっくりと近寄る。
手を伸ばし、ヤンの頬をつつみ、唇を軽く重ねた。
「私の最高傑作はムスカリだけれど、私が愛しているのはヤン、君だけだよ。嫉妬をする君もかわいいけれど、私は笑った君の方が好きだな」
「はい。サクヤ様」
ヤンは花が咲いたように微笑む。
白い人物、サクヤと呼ばれたものはヤンの笑顔を見て微笑んだ。
「さて、他に何か私に用事があるのかな?」
ヤンはハッと姿勢を正す。
「はい。サクヤ様、所長がお呼びです」
「集めてきた、水色たちの事かな」
「多分そうですね」
「やっぱり食費?」
「食費を含めた生活費ですかね。ムスカリが盗まれたときのダメージが未だに残ってますし」
「まったく、面倒なことだね。じじいたちに嫌がらせをするのであれば、そのままでもいいんだけど、トモダに怒られるのは嫌だからなぁ」
サクヤはゆっくり歩きだした。その後をヤンはついて行く。
「みんな一つにまとめてしまえばいいか。実験もできるし」
「ほどほどにお願いしますよ。サクヤ様が実験にかかりっきりになってしまったために、ここの結界が緩んでムスカリが盗まれたんですから」
「わかってるよ。もう、その小言は耳にタコができてしまったよ。あ!私が実験に集中できるように、結界が私並みに張れるものを作ればいいのか!」
「それを作ろうとして、失敗してるじゃないですか」
「今度は上手くいくと思うよ?ほら、三十二もの実験材料がいるわけだしさ?」
白い扉から外へ出る。
部屋の外には廊下が伸びている。先ほどの部屋よりはいくらか色がある白。清潔な廊下。廊下の端では簡素な服を着た少年が雑巾で床を綺麗に拭いていた。
サクヤの髪は白からミルクティー色へ変わり、眼の色は茶色に変わった。
「自我を残したまま結界を作るものを作ろうとしたのが失敗の原因だと思うんだよね。だから、自我をなくせば作れると思う」
楽しそうに話すサクヤの話を聞きながら、ヤンは小さくため息をついた。
少年の脇を通るとき、運が悪く雑巾がサクヤの足に触れてしまい、サクヤの足が止まる。
少年はビクッと体を震わせ、すぐに床に頭を押し付けた。
しゃべらず、小刻みに震えている。
「うん。君は掃除をしていたんだよね。この廊下が綺麗なのも、君たちが掃除をしてくれているからだし、私に雑巾が当たってしまったのもわざとではない。私は君を許すよ」
サクヤの言葉に少年は少しだけ震えが収まる。
「私は、だけど」
ヒュッと風を切る音がした。
次の瞬間にはどさっと音がして、少年の腕が切り落とされていた。遅れて、ドパッと血が溢れる。
「う……うあぁあああ!!!」
「うるさい」
痛みに声を抑えることができず、叫べば、ヤンは少年の襟首を持ち起き上がらせ、その口に布を詰め込んだ。
痛みと苦しさで涙を流している。ヤンは冷たい瞳で少年を見た。
「あーあ。私は許すといったのに」
「僕が許せませんでした」
「そう。ならしかたがないね。せっかくソレが廊下を綺麗にしてくれたのに、ヤンが汚してどうするの?」
「すぐにきれいにさせますよ。かわりはいくらでもいますし」
「それもそうだね。じゃぁ、私はじじいの元に行くね。ヤンはちゃんと片付けて、シャワーを浴びてから来るんだよ?」
「はい。解りました」
サクヤはそのまま廊下を進んでいった。
ヤンは少年を持ち、サクヤの進んでいった方向へ歩みを進めた。
「君も災難だったね。腕を切り落とされたぐらいですんで感謝してほしいよ」
はぁとため息をついて少年を見る。
「魂を弄られるよりはましでしょ?」




