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水色の髪を引っ張ってみる。頭皮が引っ張られ、痛い。ちょっと強く引っ張ってしまった。
私の上に落ちてきたものは混ざって、染粉になってしまったんだろうか……?
「リュウ、店はワシとカルで片付けておくから、お風呂に入っておいで」
呆然とする私に、店主さんが優しく言ってくれた。
「……ありがとうございます」
店内には鏡はない。商品で小さな手鏡はあるけれど、どれも布や木のケースに入っている。
倉庫にもないし、執務室にはあるけれど、見るのが少し怖くてまっすぐ脱衣所に向かった。
脱衣所には姿見がある。仕事着に着替えた時と髪を整えるときの身だしなみのチェックをするために。使わない時は布をかぶせておいている。
先に見るか、あとで見るか……鏡の前で少し迷って、先にお風呂に入ることにした。
シャワーを浴び、シャンプーを使って洗っても髪の色が空色から変わらない。
細かい薬草が髪に絡まって空色に見えたってことじゃなさそう。
薬草があわさった結果、染粉のようになったとしても、店主さんがすぐにどけてくれたしほんの数分。そんなにすぐに染まるもの?
あそこの棚には、魔法の薬草は置いてないはずだから、魔法ではないと思うけど……。薬草が混ざったことで、魔法に似た現象が起きた、とか?
あとは、全部染まってしまったんだろうか?
全体は見てないからだけど、もし空色に染まった部分が一部だったらショートカットに髪を切ってしまうのもいいかもしれない。
伸びれば元に戻るだろうし。
どこまで染まっちゃったか、だなぁ……。
体についた薬草を洗い流し、いつものように身だしなみを整えてから、鏡の布を取りどこまで髪が染まったか確認……。
「……うそ……」
鏡に映った自分の髪は綺麗に空色だ。
髪をかき分けてみても、一房として、紺色の髪が無い。
根本の部分をよく見ても空色。
まるで初めから私の髪は空色だったのかのよう。
こんなにきれいに染まるもの?
この街には色々なところから人が集まるから、様々な髪の色、目の色の人がいる。人ではない種族もいるし。
だから、空色だってこの街では普通にいる。ここまで見事に空色なのは見たことない気がするけど。けして空色が嫌いなわけではない。むしろ好きの部類の色だ。
ただ、突然空色になったし、にーちゃんと同じ紺色の髪の方が好きなだけ。
しばらくはこの髪の色でいなければばらないのか……。
もしくは、店主さんに言って染め直す?
あれ、でも、染粉なんて扱ってないし、そもそもあんまり染めたりすることはしない。
染めても一日で洗い流せるものだ。それに、基本的にはかつらを使う。
つまり、需要は少ない。需要が少ないということは、高価だということ。
無駄遣いはしたくないし、このまま伸びるのを待つしかないな。
昔はよく髪も茶色とかに染めてたし。
こういう時にあってよかった昔の記憶。空色の髪の色にはしたことないけれど。
心が落ち着いてきたので、脱衣所を出ると、もふもふのアルの後ろ姿がある。
アルが私の歩いた床を掃除していた。
私を見つけると、私にかけてきたので私は思わず両手を広げた。
が、アルは私の周りをうろちょろして、汚れてないか確認すると掃除に戻った。
行き場のない手……。もふもふの癒しがほしかった……!
そんなアルを横目に、店の方に降りていく。
お店は綺麗に片付いていた。
「すごいこんなに早く綺麗に片付けるなんて!」
思わず驚きの声を上げると、店主さんとカルがこちらを向いた。
「魔法でちょちょい、じゃ。微妙に位置は違っているかもしれんからの、確認はしておいてくれ」
「わかりました」
店主さんはちょっとほっとしたようだった。
カルは何か難しい顔をして私を見てる。
「どうかし……」
「ごめん」
勢いよく頭を下げられる。
あまりにも勢いがよかったのでびっくりしてしまった。
「……大丈夫だよ。しばらくはこの空色の髪だけれど、しばらくすれば元に戻るし!」
「えっ……」
「ん?」
「知っていたんじゃないのか?」
「知ってたって何を?」
カルが口をひらく前に、店主さんがパンパンと手を叩く。
「今日は店じまいじゃ。リュウ、君のお姉さんに『すまなかった』と伝えておいてくれ」
「えっと……はい」
なんなんだろう?
訳が分からぬまま、それ以上聞くこともできずに少し早いが店を閉め家に帰る。
今日は寄り道をする気分ではないので、まっすぐ家に帰ると、リビング(玄関開けてすぐにリビングというか、キッチンなんだけど)に、ねーちゃんがいた。
ねーちゃんは何か書類を読んでいるようだ。
「ただいま、ねーちゃん今日は早いね」
「ああ、明日からとま……」
視線を書類から私に移してすぐに立ち上がり、私の方に近寄ってくる。
何か厳しい顔で、両方の二の腕をつかまれた。
「何があった?」
その声はいつになく真剣。
「……今日、ちょっとアクシデントがあって、薬草を頭からかぶっちゃってこの髪色になっちゃった……」
「本当に?」
「ほんとう。店主さんから、ねーちゃんに『すまなかった』って伝えてくれって」
「ああそう……そう……」
腕をつかんでいた手を緩めたので、ほっと息をつく。
あんなに真剣なねーちゃんの顔は初めて見た気がする。
……初めて?……初めてだったかな……。
「リュウ」
何かを思い出しそうになったところで、ねーちゃんに名前を呼ばれた。
「なに?」
「私に話すための心の準備をくれないか?」
「準備?」
「ああ。はぐらかそうとは思っていないし、年が明けたら話そうと思っていたんだ。だからまだ私に心の準備ができていない。それに……」
ねーちゃんは私をじっと見据え、困ったように笑う。
「来月、いつものようにお祝いをしよう。その時に色々話す」
「……わかった」
どこか悲しそうに笑った気がしたが気のせいだろうか。
ねーちゃんは、小さくごめんねと謝った。
一体何を誤ったのか、何を話してくれるのか……色々というのは私の髪の事もだろうし、最近なんだか様子がおかしいリョウの事も話してくれるんだろうか。
すぐ後に、にーちゃんもリョウも帰ってきた。
私の髪の色に驚いて、にーちゃんは何も言わなかったけれど、リョウは「その色もリュウねーちゃんに似合ってるよ」と屈託なくいうので、なぜかリョウの未来が心配になってしまった。
十二月はあわただしく過ぎていった。
あの日あんなに暇だったのが嘘かのように、忙しい。年末年始は、休みを取るお店が多い。すべての店が休みにならないように、すこしずらして休みを取るようにはしているので、開いているお店にお客さんが集まる。
小さな魔石もすべて売れたし、いつもより多く薬草も小物も売れた。
『魔法の薬屋さん』は月終わりまで営業する。その代わり年が明けた年始、月初めから七日間休みになる。つまりは、今月中に売り上げの集計や在庫確認をしなければならない。
月終わりはお店としては半休み状態だけどね。
ステラさんがお店に出勤してきたときには、驚かれ、話を聞いて怒り、カルは正座をさせられてた。
カルは自分が悪いと思っているらしく、私の髪の色を前の色に戻すように調べてくれていたみたいだけれど、うまくいかなそう。前の記憶からいくと、髪の色を変えるのは簡単にカラーリングできるイメージがあったけど、魔力が少しでもある人には髪にも魔力が宿るようでなかなかうまく色が変わらないらしい。だから、一日や数日だけ髪の色が変わるものしかないのかなとも思った。
髪に魔力が宿るといっても、それは少しだけで、スキンヘッドの人が魔力が無いのかと言えば、そんなこともないので、その辺りはよくわからない。体内に魔力をためることができるとか何とか言っていたけれど、感覚的なものらしいので説明は難しい。説明されたところで、私はわからなそうだけれど。
あの日カルが言いかけた言葉も気になったけれど、話す気はないよう。
店主さんは何か知ってそうだけれど、何も言わない。
自分の事なのによくわからないし、自分の家族の事なのによくわからない。
良くわからない不安と、年が明けたら話すと言っていたねーちゃんの言葉に、わかってしまうといいう不安の間で心の中は複雑だった。
忙しい間は考える余裕がなくなるから仕事が忙しくてよかったと思った。
そして、年が明けた。
短くなってしまった……




