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「魔法陣の文字を読めるって……」
「全部の文字が読めるわけじゃないですよ。この辺りがもし文字だとしたら、私には模様にしか見えませんし」
実際には、魔法陣の文字じゃなくて、魔法陣にも使われることがある文字を読むことができるんだけど。
と、思いながら、魔法陣を指さすと、そこはやはり文字ではなく記号だと言っていた。
他に気になる文字の事を言われたので、その文字もかきだして渡した。
「しかし、辞書とは違う文字だな……」
私が書いた文字を辞書と照らし合わせていく。
「辞書とは違うけれど、嘘をついている感じもしないし……リュウの方があっているとしたら、なぜ辞書に間違った情報をかく……?」
眉間に皺を寄せて辞書と私の書いた文字を交互に見る。
「間違っているとは思わないのかもしれないし、もしかしたら私の方が間違っているのかもしれないですね」
「どういうことだ?」
「私が知っている文字が確実に正しい文字だとは分からないんですよ。文字って使っていくうちにどんどん変わっていくものですし、えらそうに、『その文字間違ってる』って言ってしまいましたけど、私の方が間違っている可能性もあるな、と」
実際にそうなんだよね。
私が知っている文字がこの世界での正しい文字かどうかはわからない。
答え合わせの仕様がないし。
まぁ、そんな文字を近所の子供たちとかにも教えちゃったんですけど……。なんか、暗号みたいで楽しかったんだよね。はい。完全に遊びで教えてました。
子供たちも、「この文字綺麗ね」「かっこいい文字だ!」なんて楽しんでたから、調子に乗りました。リョウもみんなからよいしょされて教えちゃったんだろうなぁ。
私もリョウも結構現金なところがあるからね。容姿は似てないけど、中身は似てるって言われたしな。
その結果、なんか面倒な感じになっちゃってたけど。
カルは頭の中でいろんな仮説を立てているようだった。
多分カルも頭がいいんだろうと思う。この前来た時は、ステラさんもいた時で、二人でなんか難しい話をしてたし。
頭のいい人同士の話は聞いてもよくわからない。
「じーちゃんかステラに教わったのか?」
不意に、カルが私に聞いてきた。私は首を横に振る。
「ううん。さっき言ったように、こういう文字を読めるから店主さんに気に入ってもらえたの。ステラさんにはかなり警戒されちゃったけど」
「では、この文字はどこで、誰に教わったんだ?」
「それは……この世にはいませんからねぇ……」
全部前世の記憶だから、私に文字を教えてくれた人はこの世界にはいない。別の世界にいる。
教示を仰ぎたいと言われても紹介できない。
どこの前世かわからないけど、魔法使いって知識を求める人が多い気がする。知らないことを知ろうとして望遠鏡をのぞきこむわけじゃないけど、知識を求めることに貪欲。
そして、知識を持った人を賢者と言われるようになるのよ。
魔法使いの上級職が賢者だった気がするけど、これは今の知識だったかな?
私がそんなことを考えているのを何を思ってか、カルは申し訳ないような顔をしていた。
「その人たちはいないし、最近文字を教えてくれていたのはねーちゃんだよ。ねーちゃんもたくさん文字を知ってるの」
「そうか」
ねーちゃんは私の自慢だ。
にーちゃんもリョウも自慢だけれどね!
家族を思い出してにこにこしてたら、カルはなんだかほっとしたような感じだった。
「じーちゃんがリュウを雇った理由がわかる気がする。じーちゃんが許可すれば、ステラも強く言えないだろうし、そもそも、ステラはここをやめないと豪語してたしな。リュウがちょうどいいのかもしれない」
「ちょうどいいって?」
「リュウの魔力が小さいからさ」
私の魔力が小さいとなにがちょうどいいんだろう?
「空島の学校を卒業したものの多くは魔力が大きい。最初は空島の方に募集をかけようとしたんだろう?」
「そうみたい。私がダメだったら空島の学校に募集してみるって言ってた」
「空島の生徒なら、身分を学校が保証してくれるからな。それに、有力者にはバックに貴族がつくこともあるから……あー、こういうのもなんだが、庶民より安心するんだ」
「そうだよね。身元が分かった方が安心っていうのはわかる」
「ああ。空島の生徒は、じーちゃんの店に勤めるとしたら優秀なやつが来るだろうな。魔力も知識もあるやつが。それは学校側でも選んでよこすだろうし。
その場合、ステラは引継ぎが終わったら完全にここをやめることになる。最初はそのつもりだったんだろう。ステラもランディーも子供を欲しがっていたからな。
けれど、リュウは魔力が小さい。この店は魔力で作るものも売っている。じーちゃん独りでは補えない量の注文も入ったりするだろう?」
そういえば、店主さんとステラさんで部屋にこもって作業をしていた時もあったことを思い出す。
貴族の人に頼まれた、魔法で淡く光る花を五百本注文があった時だったと思う。パーティーで使うとか何とかいって、ステラさんは注文を受けると早々に店主さんに相談しに行って、私はその貴族の人の話を三十分ぐらい聞いていた。主に自慢話。
「けど、リュウには魔力が必要になることは手伝えないから、どうしても魔力があるやつが必要になる。しかし、常にはいらない。ってなると、ステラは完全にはこの店を辞めずにすむんだ。
ばーちゃんがいれば別だったけど、ばーちゃんいなくなっちゃったしな」
確かに。私は魔力が小さすぎて魔法で淡く光る花も一本できるぐらいの魔力しかない。
焼け石に水……むしろ、足手まといになる可能性が高い。
「そんなかんじで、ステラはこの店を完全に辞めなくて済んで、喜んでるだろうな」
「……一応私でよかったってこと?」
「そういうこと」
「褒められてはいないよね?」
「事実であろう推測を言ったまでだな」
この言葉に対して、私はどんな感情を持てばいいのかわからず、複雑な顔をしていた気がする。自分の顔は鏡が無いと見れないから、わかんないけど。
心はなんだか複雑です。
「さて、リュウの文字が正しいかどうか、検証のためにも魔法陣を組んでみるかな」
そうに言うと、カルは机……カウンターだけど……に向かった。
カルに対しては、タメ口と敬語っぽいものが混ざりながら話してしまう。やっぱり年上だし敬語を使ったほうがいいんだろうってわかるんだけど、なんだかついつい気軽な口調になっちゃうんだよね。
気軽な口調になっても気にしてないようだし。
私も、薬草棚に倉庫から薬草を充填する作業に入った。
今日は随分と時間の流れも緩やかだ。
暇に任せて、棚とかを乾拭きしてしまった。十二月だし、大掃除が楽になると思えばいっか。
あまりにも穏やかで、私も、カルも油断をしていたんだと思う。
魔法陣は魔法陣を書いただけでは発動しない。
魔力を込めないと発動しない。
たまたまカウンターの横に、小さな魔石の入った籠があった。先日、店長さんが仕入れてお店に置いてある。魔石にはすぐに使えるように魔力が入っている。
魔石もそのままでは何も起こらない。魔石は割ることで魔力を外に出して使ったり、魔石を魔法陣に埋め込んで外から微力な魔力を流すことによって魔力が少ない人でも魔法が使えるようにしたりという使い方がある。
魔力が全然ない人は、魔法陣に魔石を投げつけて、魔石を割って魔法陣を展開したりする人もいる。
大きな魔石は高価だから、安い小さい魔石の需要は結構多いのだ。
カルは新しい魔法陣が一通り形になったことで、背伸びをした。
奥の扉があいて、店長さんが店舗にはいってきた。
私もカルも扉の方を向き、店主さんが来たのだとわかると、カルがガタリと立ち上がった。
その時、カウンターの横の小さな魔石の入った籠が倒れた。倒れた方向はカルが魔法陣をかいていた紙の上。
たまたまその魔石は、魔法陣の上に落ちた。
落ちた魔石はもしかしたらひびが入っていたのかもしれない。紙の上で砕け、石に宿った魔力はその魔法陣に吸収された。
それにより、魔法陣が発動し、強い風が店内に巻き起こった。
「うわ!」
「きゃ!」
「なんじゃ!?」
カルは飛ばされ壁に当たり棚にあった布の商品に埋もれた、私も飛ばされて薬棚にぶつかり何種類もの薬を頭からかぶってしまった。
この店舗には魔法弱体の魔法陣が壁に組み込まれている。風は一瞬だけで、すぐに鎮静化した。
もし、これが外であったら、魔力をもっと魔法陣に与えていたら家をも飛ばしていたかもしれない。
発動した魔法陣は、最初に書いていた“放つ”の文字を使っていた魔法陣の一つ。
魔法陣の書いた紙をしまっていれば、籠を倒さなければ、籠をそこに置いておかなければ、魔石が砕けなければ……。
今はもう起こってしまったことだ。
店主さんは布に埋もれたカルと薬草に埋もれた私の上から商品をどかしてくれた。
布の商品に埋もれていたカルは、壁に当たった時の打ち身と商品についていた金具が辺りたんこぶを作ったぐらいですんだ。
薬草が私の上から無くなり、元いた位置に戻る。細かすぎるものは私の服についたままだけれど。
私も背中が痛いし、頭に少したんこぶができたかもしれない。
「二人とも大丈夫か?」
「ああ」
「なんとか……」
店主さんの言葉に私もカルを返事をし、立ち上がる。
店の中は結構ぐちゃぐちゃだ。カルが座っていた場所には見事にモノが無くなって綺麗になっている。
何が起こったのか、この時はよくわかってなかった。
この店の中を一人で片付けるのは一日で終わるかどうかわからない。店主さんとカルにも手伝ってもらわなきゃ……。
店主さんもカルも無言で、私をじっと見ていることに気付いた。
「?」
私の後ろに何かあるのか振り返っても何もない。
私に何かついているのかと服をはたいてみると、細かくなった薬草がぱらぱらと落ちた。
「リュウ……髪……」
「髪にも薬草ついてる?やっぱりお風呂お借りしなきゃかな……」
「いや、違う。髪が……」
私の髪は後ろで一つにまとめられるようにねーちゃんに切ってもらうことなく、少し伸ばしていた。
カルがいいずらそうに、髪というので自分の髪を見るため、一つにまとめていた髪を解く。
「え……」
解いた髪が視界の端に映る。
自分の髪なのに、その色はいつも見ていた紺色の髪色ではなく、空色になっていた。




