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「遅くなりました!」


 お店の裏口に続く道を少し駆け足で帰った。

 店主さんはキッチンで紅茶を飲みながら新聞を読んでいる。

 ステラさんも同じく紅茶を飲みながらまったりしていたようだ。


「お帰りなさい、そろそろ午後の仕事を始めようと思ったのだけれど、少し休む?」

「いえ、大丈夫です。これ、書類です」

「ごくろうだったな」


 店主さんにねぎらわれたので、軽く腰を折った。

 書類をテーブルの上に置き、手を洗いうがいをする。


「帰り道に、貴族の方と思われる方に声をかけていただきまして、お店に来ると……」


 りんりん


 ウォードさんとフランさんのことで口を開いた時、街の入口の方の鈴が鳴った。

 ステラさんと私は店先へと進む。

 

「貴族の方がいらっしゃるのね?」

「はい、その人だと思います。以前来たことがあるとおっしゃってました。私は接客してないと思います」

「自身でお店に出向くのは稀ですからね。月初めに来る人は珍しいというのに……」


 急用以外では、月初めにお店に行くのはちょっとしたマナーがないと思われがちだ。お医者さんとか食堂とかは除くけれど。

 予定が狂ってしまったわ。と、ステラさんが呟いた。


「お待たせいたしました。何か御入りよ……」


 そこにいたのはやっぱり、ウォードさんとフランさんだった。

 ステラさんはその二人を見て固まってしまっている。


「ステラ嬢……いや、メイワナ夫人。お久しぶりだな」


 今日一番の笑顔を向けている。思いっきり作り笑いっぽいけど。

 ステラさんは、『で、でん……』って呟いてるけど、私は何も聞いてない、聞かない。

 その言葉が三文字かもしれないけど、私は知らない……。


「私の事はウォードと。一応、商家の息子という設定だ」


 自分で、設定とか言っちゃってますけどいいんだろうか……。

 ステラさんに向けて言ってるんだろうけどね。商家の息子として接してくれって。

 大丈夫、私は何も察してません。

 とりあえず、営業スマイル浮かべておきますね。


 ステラさんが息を整えて、頭を切り替えたようだ。


「わかりました。ウォード様。お久しぶりです。カルさんが何か?」

「いや、カルはよく僕のために働いてくれているよ。あまり時間をおかずにここに来るんじゃないかな?」

「左様ですか」

「それに、今日来たのは、そちらのリュウと話をしたいと思ってね」


 おっと、私に話がふられてしまった。

 とりあえず笑顔を張り付けておく。


「リュウさんとですか?」

「ああ。リュウはフランに自分から声をかけたり、フランと普通に話したり、僕とも普通に話してくれたんだ。それに、彼女の所作もなかなか興味深くてね。友達になれそうだと思ったんだ」

「なるほど……」


 なぜか納得をするステラさんに私はどうしていいのか迷ってしまう。

 フランさんはウォードさんの斜め後ろで控えているという感じで、話に入ってこない。

 ああ、でもそうか。確か従者は主人といるときは基本的には主人の許可がないと話しちゃダメなんだっけ。

 もしくは、主人より上位の貴族の許可が必要だったような気がするな。


「しかし、来たからには何かは購入するつもりだ。アウグスティンとエクルは息災か?」

「エクル様は旅立たれてしまいました……」

「そうか……」


 エクルという人の名前は何度か耳にした事があるけれど、エクルさんという人が店主さんの奥さんの名前なんだと、今わかった。

 アウグスティンは、店主さんの名前。


「いつごろ旅だったのだ?」

「一昨年の春先に」

「そうだったのか、それは、アウグスティンも寂しがっているだろうな」

「ええ。一緒に行きたかったと半年ぐらいは毎日のように呟かれていました」

「一緒に行かれては困るしな。エクルが旅立ったことを、カルには?」

「言ってませんね。あの子もうるさくしそうですし」

「そうだな」


 ステラさんとウォードさんは互いに笑った。

 フランさんはなんか複雑そうな顔をしてる。

 しかし、まだ見ぬカルさんの扱い、結構ひどいかもしれない。

 それだけ親密な関係なのかもしれないけれど。

 もし私が、姉ちゃんに先立たれて、兄ちゃんに内緒にされたら許せないと思う。


「リュウとも話をしたいが、先にアウグスティンと話をしよう」

「はい。では、リュウさん、ウォード様を応接室にご案内して。私はワトレイノイズ様をお呼びしてきます」

「わかりました」


 私とは別に話をしなくても大丈夫ですよ、なんて口ははさめないので黙っておく。

 カウンターから出て、ウォードさんとフランさんを応接室に案内する。

 応接室に行くには、鉢植えの植物が置いてある部屋を通っていく。


「新しい植物があるな。リュウはこの植物には関わっているのか?」

「水やりをするくらいです」

「そうか」


 興味深そうにしつつも、足は止まらずについてくる。

 部屋を抜け、応接室。

 壁は生成り。蔦の葉の絵が上の方に一周してある。絵としつつも、私が読める文字がいくつか入っているので、魔法陣のたぐいだとおもってる。

 防音とか制御とか書いてあるので、魔力を流し込めばそれに見合った魔法が展開されるんだろう。私は魔力が少ないので、この魔方陣を起動することはできないけれど。

 中央には長机。二人かけのソファーが二脚。他にも一人掛けようの椅子もある。

 部屋の角には観葉植物。


 応接室はあまり使われることがない。

 私が知っている限りだと、半年で三回ぐらいしか使われて無い気がする。


 応接室にはすでに店主さんがいた。


「ウォード様、お久しぶりですな」

「ああ。アウグスティン、久しいな。七年ぶりぐらいか?」

「そうですな。入学する前にお会いしたきり……いや、三年前にもお会いしてますぞ」

「三年前?」

「カルがアルを……」

「そうだったな。アルは元気か?」

「元気ですぞ。毎日洗濯と掃除を楽しんでやってくれてますな」

「それはよかった」


 店主さんが、ウォードさんに席を勧め、ソファーに座ったのを確認すると自分も座る。

 フランさんはウォードさんの座っている斜め後ろに立っている。

 私は部屋の端にある、座面が高い椅子をフランさんの近くに置く。

 この椅子は護衛用の椅子で、座面が高いのですぐに動くことができる。

 護衛が座ることにより、お客さんはこちらを信頼してますという理由になるみたい。

 信用してなかったり、威嚇したりするときは護衛の人はずっと立って控えてる。

 もしかしたら、この店独特の椅子かもしれないけれど。私の記憶にはそういうの無かったし。


「フランも元気そうじゃな」

「ええ。おかげさまで」


 店主さんがフランさんにも言葉を投げる。返答を聞き、ウォードさんに向き直る。

 その間にステラさんが紅茶を三人に出した。

 フランさんの紅茶もソファーの背の部分に隠してある小さなボードのようなところに置いておく。

 本当に紅茶ぐらいしか置けないんだけどね。


「では、暫し、話をしようかの。新しい植物もいくつかある故、その説明をしましょうかの。ステラとリュウは戻っていいぞ」

「はい」


 ステラさんと、私は合わせて返事と会釈をして下がった。


「リュウ、またね」


 ウォードさんが私にひらひらと手を振っていたけれど、どうに返していいのかわからないので、とりあえず無難に返事は返さず会釈だけした。 








 ステラさんとお店の方に戻り、お互いに手分けをして作業をする。

 私は同じ種類の薬草や薬をまとめて多く買っていくものの仕分け。ステラさんは小さい数でいろんな種類の薬草や薬、魔石を買っていくお客さんの方の仕分け。

 先月注文を受けた分を、まとめておくと後が楽になるのだ。ステラさんが一人の時は、店主さんも手伝って二人で行っていたらしい。


 注文リストをチェックしながら、仕分けをしていく。


「ステラさん、なんで私気に入られた?んでしょう?」


 ふと気になったのでステラさんに問いかけた。


「そうですね、リュウさんは自分では気づいていないと思いますが、所作が私たちの知る庶民とは違うんですよ」

「え?」

「ですので、最初は何かわけあり……働いていたお屋敷を追い出されたとか、それこそ地方貴族が何かをしでかして没落した娘の可能性や、何かしらの思惑でこの店に行くように命じられた……と思うほどです」

「違いますよ!?私、いや、五歳より前の記憶はないのでわかりませんけど、ほんと小さな家に四人の家族で暮らして……」

「わかってます。最初と言ったでしょう?最初そうに思ったのです。その次に思ったのは、あなたのお姉さんがそうじゃないかと思ったのですが、そちらも違うとわかりましたし」


 姉ちゃんのことも調べたんだろうか?

 私に聞いても姉ちゃんのことわからないけどね。私が知らないから。


「でん……ウォード様が言っていた、所作ですが、あなたの所作はどこか古めかしいんですよ」

「古めかしい?」

「ええ。所作は綺麗だと思います。きっとあなたほどの所作をできない貴族もいるほど、あなたの所作は綺麗です。ただ、何かが少し違う。何が違うとは明確には説明できませんが」


 それは、もしかしたら私が前世の記憶を持っているのかもしれない。

 ちゃんとした接客をとか、貴族相手にはしっかりした所作をって思うと、前世の記憶に頼ってしまうしね。

 私はその所作しか知らないから、今の所作はわからないしな。

 前世の記憶も一体どのくらい前の記憶なのか、そもそもこの世界の記憶なのかもわからないし……。


「ですから、ウォード様も気になったのでしょうね。それに、ウォード様を見て普通に接したのでしょう?」

「?」

「……奇声をあげたり、顔を赤らめたり、近くにいたフラン様を悪者にしてか弱い女を演じたりとかそういう事をしなかったのでしょう?」

「なんですかそれ……」


 ウォードさんめちゃくちゃ美男子だったけど、そんなことをする人がいるんだろうか?

 ……いるんだろうな。

 みんな美男子と仲良くなりたいもんね。

 私はどちらかというと、なんか厄介ごとに巻き込まれそうで嫌だけどさ。

 姉ちゃんもリョウも美人だから、免疫がついているのかもしれない。


「フランさんも、もともと強面でしたが、さらに顔の傷も相まって小さい子に泣かれたりしますしね。そんなフランさんとも普通にお話で来ていたのがうれしかったのでしょうね」


 フランさんに対してはちょっと怖いけどね。

 怖いって思うこともあるけどね!

 しかし、こっちも兄ちゃんが割といかついし、兄ちゃんの職場に何度も行ったことあるから、その時に見た冒険者でもっとすごい人もいたしなぁ。

 それに、一番怖いのは優しい顔をして人をだますような人だしね。


「今のべたような理由で、リュウさんは気に入られたんでしょうね」

「……なんだか複雑です」


 話しながら手を動かしているが、その時


ぢりんぢりん!バタン!


 店の鐘が鳴り、いきおいよく扉が開いた。

 思わず手を止めて、入口の方を見ると、長い金の髪の人が肩で息をしてる。

 ローブを着ており、手には杖。

 見るからに、魔法使いですっていう姿の人は勢いよく顔をあげた。


「ウォードがここに来てるんだろ!?」


 おお、この人も美男子だ。

 ウォードさんはそれこそ芸術品のような美しさがあるけど、この人は普通の美男子。

 ……いや、なんだ、普通の美男子って。

 顔面偏差値が高すぎて、よくわからないことになってきてる。


 ステラさんは声の主を見て、聞こえるようにため息をついた。


「カルさん、扉は静かにあけてください」


 あ、彼が噂のカルさんか。

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