16 就職
月初め。
月終わりにまとめた書類を役場に届けに行く。
ここに、私が魔法の薬屋さんで雇うと書いた書類もある。
そうそう、お店の名前は何か聞いたら、“魔法の薬屋さん”っていう名前だった。“さん”まで名前。旅立たれた奥様がつけた名前だそうだ。
役所は中央エリアの西南にある、とても大きな煉瓦造りの建物。
月初めには商売をしている人がごった返すので、かなり時間がかかるかなぁと思っていたのだけれど、二十分ぐらいの待ち時間で終了した。
人はすごく多かったのだけれど、受付の数もものすごく人がいて、書類を提出しに来た人を案内する人も手馴れていてサクサクと進んでいった。
さすがプロ。
こういう役所ってすごく待つイメージがあったんだけど、私は役所に来たことがないから前世の私の記憶だろう。
私がお店で働くという書類の写しを返されたので、これは店主さんに渡す。バッグにしまって、馬車乗り場に向かうと、ちょうど馬車が言ってしまったところだった。
「目の前で馬車に行かれると、なんかダメージ凄い……」
その馬車に乗らなければならないというわけではないのだけれど、目の前で乗れなかった馬車を見送りちょっとしょんぼりする。
北方面に向かう次の馬車は遠回りになる。その次までには結構時間があるので、その馬車を待つのであれば歩いて帰った方が早いぐらい。
船の方は人の列が長いので、もみくちゃにされそうなので遠慮したい。
店主さんからはお昼は外で食べてきてもいいと、馬車賃とお昼代ももらっている。お店も今日は定期購入してくれるお客さんの薬や植物の仕分け作業なので半分閉めている感じだ。
急用のお客さんには対応する。
しかも、今日はステラさんもいるから安心。
一時までに戻れば大丈夫だし、お店に向かいながらいいお店があったらそこにはいろう。
屋台で買って、歩きながら食べるのでもいいかもしれない。
お店の方角に向かって歩き出す。
私もリョウも働き出すようになってから、食費に大分余裕ができて、時折だけれど売れ残りのパンじゃない焼きたてのパンも買えるようになった。
リョウも戦力として家事を手伝ってくれる。前までは一緒にやる方が時間がかかってたりしたのだけれど、今ではリョウ一人でやれるようになってきている。
成長したなーなんてしみじみ思ってると、姉ちゃんと兄ちゃんには私の時に同じことを思ったと言われてしまった。
貯金も少しできるようになったので、心にもちょっと余裕ができる。
無駄遣いはしないけどね!
また、姉ちゃんが用事を拾ってくるとも限らないし……そしたら、私は仕事を辞めなきゃになると思うのよね。
時計台の前を通り、歩き進めると、前方に騎士服を着た人が手を振っている。
目が合ったような気がするけど……。
後ろを振り返る。人はたくさんいるけれど、その人に手を振りかえす人はいない。
向き直ると、何かちょっと複雑そうな顔をしながら近づいてくる。
どこかで見たことはあるんだけど、思い出せない。
もしかして、お客さんかな?
騎士服の人は私の目の前で止まった。
「よう、久しぶりだな」
「……こんにちは……」
とりあえず挨拶をする。
久しぶりということは、前にあったことがあるわけで……。
服は上等な仕立ての、騎士服。まがい物ではない気がする。その騎士服が若干きつそうなほどに鍛え上げられた肉体。見上げるぐらい高い背、額から右目の端にかけて傷がある強面……。
「……この前の冒険者さん?」
トップランクの冒険者が小競り合いをしているって教えてくれた人だ。
確かその時は、大きなハンマーを持っていたし、いかにも冒険者って感じがしたけど……。今日の服装は騎士服?
「ああ、そうか。あの時は久しぶりの休暇でな。ちょっと小遣い稼ぎに来てたんだ」
「小遣い稼ぎですか?」
騎士ってとても高額の給料がもらえるって聞いたのだけれど、そうでもないのかな?
疑問に思っていたことが、顔に出ていたらしい。
「本職の給料はかみさんが財布の紐握ってるからな、俺も自由に使う金が欲しかったわけよ」
「しっかりした奥様なのですね」
「しっかりしすぎてて、俺にはもったいないぐらいのいいかみさんだ」
そう言って笑う冒険者……騎士に思わず私も笑ってしまう。
「申し遅れました、私はリュウと申します。お名前をお伺いしても?」
「おっと、名乗り忘れてたな。俺はフランと呼んでくれ」
「フランさん、よろしくお願いします。あの、お仕事の途中では……?」
フランさんは腰に手を当て、空を仰ぎ見た。
聞いてはいけないことだったんだろうか……。
「俺はさ、冒険者になるのが夢だったわけよ」
「え、あ、はい」
突然語りだした!?
「半分は叶ってるわけだが、幸か不幸か、とあるお坊ちゃんに気に入られてその坊ちゃんの騎士をやってるんだけどさ……俺なんかを気にいるぐらいだから、一癖も二癖もあるわけで……今日は坊ちゃんが街を散策したいからっていうんで、ついてきたわけよ」
……何が言いたいかわかった気がした。
フランさんの周りにはその“坊ちゃん”らしき人はいない。ということは……
「はぐれたんですか?」
「はぐれたというよりは……まかれたな……」
「……それは、大丈夫なんですか?フランさんは、護衛ですよね?」
「坊ちゃんもそこそこ腕が立つから、そこまでは心配してねぇンだ。それに、もう一人のお付の方はまだまかれて無い、……と思う」
最後についた小さな呟きは聞かなかったことにしよう。
「馬車や船には乗ってはいないから、この辺りにいるはずなんだけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。誘拐されているのならわからんが、一定の距離離れるとわかる魔道具は持たせてるからな。俺はそういう人探しが苦手でな。嬢ちゃんは、こう、一人でいる高貴そうな感じの人か口げんかしてる高貴っぽい人は見なかったか?」
「残念ながら……」
「そうか……」
はぁと、息をついた。
「……一応三時の鐘の時にはここに戻るように言ってあるから、鐘がなるまで俺も自由時間だと思って楽しむことにするか。嬢ちゃん、昼飯くった?」
思考を切り替えたらしい。
この思考の切り替えが大事なぐらい困った主人なのか……もしくは、お互いに信頼しているのか悩ましいところ。
「いえ、まだ食べてません。この辺りで何か食べてから、仕事に戻ろうかと思っていましたので」
「お、そういえば、なんか仕立てのいい服着てると思ったが、それは仕事着か?」
「はい」
「メイド服ともなんか違うような気がするな……」
「薬屋さんで店番とか雑用とかして働いてます。フランさんに会った時は冒険者ギルドで何か仕事がないか聞きに行こうとしてたんですけどね」
「嬢ちゃんが冒険者ギルド?」
「戦ったりはできませんよ。商人組合より冒険者ギルドの方が庶民に優しいって聞いていたので、まずは冒険者ギルドに行こうかなって」
「なるほどな」
やはり、冒険者ギルドの方が庶民に優しいのかもしれない。
フランさんが何度か頷いている。
「ということは、嬢ちゃんはあの後、職場が決まったのか?」
「はい。今日から本採用してもらえるんです」
「そいつはめでたいな!だったら、祝いに俺がおごってやる!」
「え!?そんな、大丈夫です!」
「いやいや、遠慮すんな。あそこの店でいいか!」
「フランさん、大丈夫ですから!!」
「俺も行ったことないが、うまいぞ、多分!」
ほぼ初対面の人に、奢ってもらうとかなんか図々しすぎて嫌だ!
なんかすごくフレンドリーにしてもらって、嬉しいような気もするけど、なんか困る。
ただより高いものはないというし、どうにか断りたいのに、私の言葉なんて暖簾に腕押し状態……。暖簾ってこの辺りでは見たことないから、これも前世の記憶なのかも……って、考えている場合ではなく!
フランさんに手首をつかまれて、お店の方に引きずられる。
抵抗しても全然びくともしない。
ハッと周りに視線を向けると、私が抵抗するものだから、なんかちょっと周りの人がひそひそしてる!
目が合ったら逸らされた!
やばい、誤解されてる…!!
このままだと通報されかねないので、抵抗をやめた。
おとなしくお店の前まで来た。
「この店、最近人気が出だしたらしいんだ。坊ちゃんがここに来たいっていう名目で出てきたのに、坊ちゃんはどっかに行ったし、先に食ってやれって思ってな。嬢ちゃんも付き合ってくれや」
小さな仕返しをするつもりなのだろう。
ニヤッと私に笑う。ちょっと怖い。
その時、フランさんの肩をポンッと叩く手が見えた。
「ほう、フランは次の休みはいらないようだな?」
次に続く言葉は顔を見なくてもわかるぐらい、笑顔で言ってるんだろうなぁって言う声だった。
そういえば、この人がヒーローです!って最初に明記するのと、誰がヒーローになるんだろう?ってなりながら読むのってどっちの方が楽しいんでしょうかね……




