2020年8月(3)
古城ミフユ
お盆休みで一度帰る人は実家なり帰る事になった。会社も気前よくティエンフェイの上京滞在者はお盆中滞在したい人は宿泊費は持つし、実家や神戸に帰る人については往復旅費を負担してくれた。拘束がきついからと配慮してくれたらしい。
私はティエンフェイのみんなにお盆休み前にある事を提案した。
「ねえ、帰る前の日の夜、川崎の実家の両親と妹がみんなを招待したいって言ってるけどどう?」
摩耶が食いついた。
「噂のハマっ子の実家が見られるならもち行くよ」
「摩耶、うちは川崎だから。横浜じゃないから」
「行く、行く。冬ちゃんが育った所は興味ある」
「中谷ちゃんはどういう観点で私の実家を見たいと言っているのか分からないし怖いから来なくていいよ」
「えっ!冬ちゃんとはズッ友だと思っていたのにぃ。裏切り者」
「それは楽しみ」とかそういう大人の対応してくれたのはふーちゃんと朱里先輩だけだった。これがいつものティエンフェイ。
私の実家での宴会、っていうかパーティーなんて洒落たものではなく体育会系理系女子大学生をひたすら飲ませ食べさせる宴会は予想通りの経過を辿った。
学生や若い人の接待に慣れた両親と妹、そして私の4人でひたすら料理の準備をしていた。冷蔵庫も準備万端。食欲とアルコールのお祭りみたいな宴会になった。
駅まで迎えに行ってみんなを連れて家に着いた瞬間、玄関で出迎えてくれた妹のミアキは開口一番がこれ。
「こんにちわ。大学祭の演奏、お姉ちゃんを除いてカッコ良かったです。ところで未成年の人、アルコールはダメな人っていますか?」
みんなは首を横に振った。今時の大学生とは違って体育会系理系女子大学生を自認するティエンフェイ。私以外は飲める子だった。
お母さんがよく勤め先の大学で指導している学生を連れてくるからミアキも対応にも慣れてるのだ。私がとりあえず口を挟んでおく。
「ミアキ、みんな20歳なってるから」
「お姉ちゃんはまだでしょ。神戸ではどうか知らないけどうちではダメだからね。……お母さん、お父さん。お姉ちゃん以外はもう20歳越えてるから飲めるって」
冷たいミアキ。流石に姉の誕生日は忘れてないのだった。
「まあ、私は寮でも飲んでないからミアキの対応で間違いはない」
すぐミアキがニヤリとした。
「お姉ちゃん、そういう決まり事を破るの嫌いな人だから飲んでないでしょ。たまには羽目を外せばいいのに」
「こらっ、ミアキ。大人をからかっちゃダメよ」
「はーい。まだまだお姉ちゃんもお子ちゃまですねえ」
ミアキは笑いながら台所へと駆けて行った。
「面白い妹さんだね。冬ちゃんがここまで手玉とは」
面白がる朱里先輩。そして中谷ちゃん達はこのやり取りがツボに入ったらしい
「うわははははは」
「冬ちゃんも妹さんには形無しなんだね」
中谷ちゃんには爆笑を、摩耶は面白がり、ふーちゃんは横を向いて必死で笑うのをこらえていた。はいはい、良いネタ提供させて頂いたようでホストとしては何より。
笑いが収まるとみんなをダイニングへ案内した。食卓では机が連結されてホットプレートが2枚出ていて、餃子の最初のロットが焼かれていた。目を丸くしたみんな。ふーちゃん曰く、
「こんなに餃子が並ぶのって初めて見た」
「あー。うちの餃子パーティーって餃子と飲み物しか出ないから。頑張って食べて飲んでね」
和かにホットプレート1号を仕切るお母さんがみんなにそう伝えた。ホットプレート2号の仕切り役であるお父さんが付け加えた。
「1人20個はあるからね。ビールもたっぷり用意してるから遠慮なくどうぞ」
そういうお父さんの言葉を待っていたかのようにミアキが冷蔵庫から缶ビールを出してみんなに配ってくれた。
ミアキは10歳のくせして大人アピールなのか辛いと評判のジンジャーエールを自分の席に置いた。
「お姉ちゃん、はい」
そして私に寄越したのはオレンジジュースのペットボトルだった。
「こら、ミアキ。あんたのジンジャーエールと交換しなさい」
「これは私のだよ。同じのが欲しいなら冷蔵庫にあるからどうぞ」
「あ、そう。じゃ、これは明日にでもあんたが飲みなさいよ」
「えー」
そう言って私は冷蔵庫にあったジンジャーエールのペットボトルとオレンジジュースを交換した。姉へのいたずらで普段飲まないもの(ミアキは背伸びが好きなのよね)を親に買わせてんじゃないわよ。
「ミフユもミアキも席についてよ」
お母さんに言われたのでおとなしく座った。となりの中谷ちゃんが肘で小突いてきた。彼女の方を見るとまたもや笑いを押し殺していた。
「それじゃ、ティエンフェイのみなさんの音楽が世界に受け入れられますように祈願して乾杯」
お母さんがグラスを高く掲げて唱和した。
「乾杯」
お父さんは一口ビールを飲むとホットプレートの蓋を取り去った。水蒸気がさっと巻き上がり香ばしい匂いと餃子の焼ける音が部屋を満たした。お母さんもそれに続いてもう1枚のホットプレートの蓋を外した。
「こちらの人は私の方にお皿を回してくれるかな」
そして焼きあがった餃子を1人分ずつポンっとお皿に上げた。
「さ、どんどん食べて行って。すぐ次の分も焼くからね」
隣のホットプレートでもお母さんが同じように餃子を盛り付けていく。ミアキがその間に調味料について説明した。
「お醤油、お酢、辣油、柚子胡椒、一味唐辛子、胡椒と用意してますからお好みでどうぞ」
朱里先輩、挑戦が好きな人だった。
「ありがとうございます。頑張って食べます!」
こうして餃子パーティーが開幕した。1時間ほど食べて飲むという宴会が進行する間に摩耶や中也ちゃんたちが私の事を両親に聞いたり(「こらっ、聞くな!」「話さないでよ!」としばしばツッコミを入れざるを得なかった)、ミアキが勝手にバラしたりというのが続いた。
「私もミフユと同様で音痴なんだけど、私のお母さん、つまりこのこのお祖母ちゃんは歌が上手くてね。ミフユの歌はお祖母ちゃんも喜んでた」
お母さんがそんな事を言った。摩耶が聞いた。
「ひょっとしてそのお祖母ちゃんのお名前ってチセさんですか?」
「そうなのよ。お母さん、孫が芸名でうちの名前を使うやなんてってそこはちょっと恥ずかしい気がするわって顔真っ赤にしてたわ」
「なるほど。冬ちゃん、お祖母ちゃんにあやかろうとしたんだ」
バレたか。そういう面はある。
2時間ほどで餃子も打ち止めになり、ビールも空き缶がタップリ山となって宴会は終了した。
締めにお母さんがコーヒーを淹れて、ミアキが最近見つけた洋菓子店で一番のお気に入りだという果物のシャーベットをお父さんとミアキと私で取り分けて配った。
「もうお腹いっぱいです」
なんて事をみんな言っていたけどさっぱりしたシャーベットはやっぱり「別腹」だったようでこれらも無事みんなのお腹の中に消えて行ったのだった。




