5 蒼の雫亭のカンスさん2
「なんやそれ。おもしろいやんか!」
ルクスから一連の話を聞き終えたカンスは、心底楽しそうに声を弾ませた。
ダンジョンで起きた出来事から、ティアとの出会い。そして、自分の身に起こった不思議な変化まで。
ルクスは、あの日の出来事をひとつずつ説明していた。
「話だけ聞いとると……いわゆる『星辰の螺旋』によって、英霊の顕現が起きたんちゃうか?」
「英霊の顕現、ですか?」
「せや。ルクスくんは教会の出身者やろ? そのあたりの話は、ある程度習っとるんちゃうか」
「ええ。『星辰の螺旋』の一節なら、よく聞かされましたね」
ルクスは記憶をたどるように、静かに口を開いた。
「星が瞬き、命が眠る。その魂は光となり――」
まるで祈りの言葉を唱えるように、彼は続きを紡いでいく。
「円環の理にその身を委ね、悠久の輪を描きながら。
すべては巡り、すべては還る」
「せやせや。それや!」
カンスは満足そうに頷いた。
「いわゆる生まれ変わりっちゅうやつやな。人が死ねば、その魂は星辰の螺旋に導かれ、円環の理に従って再び生を受ける。せやけど、まれに過去の魂が持っとった記憶や力が、現世に顕現することがある。それが英霊の顕現っちゅうわけや」
「なるほど……」
「ひょっとしたら、ルクスくんの中に高名な神父さんの魂でも降りてきたんちゃうか?」
「そう……なんですかね」
ルクスは曖昧に頷いた。
けれど、胸の奥にはどうしても拭えない違和感が残っていた。
あのとき、脳裏に浮かんだ光景。
あれは、神父の記憶などではない。
もっと神聖で、もっと懐かしくて――。
(……あれは、光の巫女の記憶だったんじゃないだろうか)
確証はない。
それでも、あの記憶だけは妙にはっきりと心に焼きついていた。
「……たしか、こういう続きの一節もありますよね?」
ルクスは、何気ない調子を装って口を開いた。
「されど、円環に連ならぬ魂あり。
ただ世界の理の外に在り続ける」
「おお、そこも覚えとるんか」
カンスは感心したように目を細めた。
「たしかに、そういうくだりもあるなあ。……それにしても、えらいそこが気になっとるやん?」
「い、いえ。なんとなく気になっただけですよ」
ルクスは慌てて視線をそらした。
「ふうん……?」
カンスは意味ありげに口元を緩めたものの、それ以上は追及しなかった。
「まあ、真聖光教会が今、躍起になって探しとるんも、まさにそのあたりの話やろなあ」
「……というと?」
「光の巫女や」
その言葉に、ルクスの表情がわずかに強張った。
「今の闇一強の時代になってから、光の巫女が顕現したっちゅう話は一度も聞かへん。あっても、せいぜい自称・光の巫女による詐欺まがいの騒ぎくらいや」
「…………」
「教会にとっちゃ、喉から手が出るほど欲しい存在やろうな。なんせ、光の巫女はかつて世界の均衡に関わった存在や。今の時代にこそ、必要とされとるんやろ」
そう言うと、カンスはルクスの顔をじっと見つめた。
「……まあ、仮にルクスくんが英霊級の存在を宿したんやとしたら、ほかにも何か変化が出とるかもしれんな」
「ほかにも、ですか?」
「魔術の調子や。以前と比べて、魔力の扱いやすさが変わったとか、威力が増したとか。何か思い当たることはないか?」
「うーん……」
ルクスは自分の手のひらを見つめ、少し考え込んだ。
「少しだけ、魔力伝導率が良くなっているような気はします」
「ほう?」
「以前よりも、魔力が身体の中を滑らかに流れるというか……。ただ、劇的に変わったというほどではないんですけど」
「なるほどなあ。まあ、もともと光属性は霧散しやすい性質やからな」
「そうですね。回復魔法や支援魔法も、基本的には対象の身体に直接触れないと、魔力が立ち消えてしまいますし」
「そら、なかなか不便やなあ」
「ええ。だから僕は、これを使っているんです」
そう言って、ルクスは腰に手を伸ばした。
ジャラリ――。
小気味よい金属音とともに、一本の鎖が姿を現す。
「これは?」
「『光縛の鎖』です」
ルクスは鎖を手のひらに乗せ、カンスに差し出した。
「これを触媒にして、光魔法を発動させているんですよ。鎖を媒介にすることで、霧散しやすい光の魔力をつなぎ留めることができるんです」
「へえ……。なるほどなあ」
カンスは興味深そうに鎖を眺めた。
「光をつなぎ留める鎖、か。なかなか渋いやん」
「そうですか?」
「せやせや。見た目もええし、実用性もある。なかなかええ趣味しとるやないか」
「ありがとうございます。僕も結構気に入っているんです」
ルクスは少し照れくさそうに笑った。
「ところで、しばらくはその嬢ちゃんとパーティーでも組むんか?」
そう問いかけられたルクスは、ちらりとティアを見やった。
「無論、一緒だ」
間髪入れずに答えたのは、当のティアだった。
「だそうです」
「なんや、めっちゃ尻に敷かれとるやん」
「そ、そんなことは……」
「ほな、ちょうどええやん。どうせルクスくんが魔法で支援するんやろ?」
「ええ。基本的にはそうなると思いますけど」
「そしたら、アレをしたらええんちゃう?」
「アレってなんですか?」
カンスはニヤリと笑い、もったいぶるように声を落とした。
「『久遠の誓約』や」
「……なんだ、それは?」
ティアが興味を示した。
「魔族にはあんまり馴染みがないかもなあ。なんせ、闇は優位属性やから」
カンスはテーブルに肘をつき、二人に説明を始めた。
「まあ、極端な話、今の時代は闇か、それ以外かっちゅうくらい差があるんや。闇属性以外の魔法は、魔力伝導率が悪すぎる」
「それを補う形で普及しているのが、『久遠の誓約』でしたね」
「せや。支援や回復をする側が、される側とあらかじめ契約を結ぶ。そうすることで、二人の間の魔力伝導率が格段に向上するんや」
「つまり、魔法を受ける側との間に、魔力の通り道を作るということですか?」
「そういうことやな。契約を交わした相手には魔力が通りやすくなる。支援魔法や回復魔法の効果も安定するっちゅうわけや」
「ふむ。魔族以外では、そういう慣わしがあるのか」
ティアは納得したように頷いた。
「どうする、ティア? 別に強制というわけじゃないけど」
「よいぞ」
「即決!?」
あまりにも迷いのない返事に、ルクスは思わず声を上げた。
「なんだ。わたしとおまえの仲だろう?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「なんだ、不服なのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「ほな、決まりやな!」
二人のやり取りを眺めていたカンスが、ぱん、と手を叩いた。
「せっかくやから、お姉さんが立ち会ったろうやないか!」
「お姉さん……?」
ルクスは思わずカンスの顔を見た。
「なんや、その反応は」
「い、いえ。なんでもありません」
「よろしい!」
カンスは満足そうに頷くと、儀式の手順と祝詞について説明を始めた。
***
「じゃあ、始めるね」
説明を受け終えたルクスは、ティアの前に立った。
「うむ」
ティアもまた、いつになく神妙な面持ちで頷く。
ルクスはそっと彼女の手を取った。
小さな手のひらに、わずかな温もりが伝わってくる。
「天と地、光と闇、そして世界を巡る円環の理に懸けて――」
ルクスは静かに祝詞を唱えた。
「我らは永遠の盟約をここに結ぶ」
最後の言葉が紡がれた、その瞬間だった。
二人の身体に、不思議な変化が訪れた。
ルクスの指先に、淡い光が集まっていく。
それは細い光の筋となって指に絡みつき、やがて小さな円環を象った紋様を描き出した。
同時に、ティアの胸元にも光が灯る。
幾重にも重なる光の線が浮かび上がり、複雑に交差しながら、ひとつの神秘的な紋章を形作っていった。
指に刻まれた小さな印。
そして、胸元に浮かび上がった荘厳な紋章。
二つの紋様は呼応するように輝きを増し、やがて眩い光を放った。
それは、二人の魂が結びついたことを示す、世界の理に認められた盟約の証。
『久遠の誓約』が、ここに成立したのだ。
「……ふむ。これでよいのか?」
ティアは自分の胸元に浮かぶ紋章を見下ろし、それからルクスへと視線を向けた。
「うん。これで僕たちの間には、魔力のつながりができたはずだよ」
「そうか。ならば、これからは存分に頼らせてもらうとしよう」
「できる範囲で頑張ります」
「ふふん。高貴なるわたしが、これでまたおまえとの秘密をひとつ増やしてしまったな。責任を取ってもらわないと、泣いてしまうぞ?」
ティアは口元を緩め、いたずらっぽく笑った。
「ちょっとティア! その言い方は誤解を招くから!」
「なんだ? 事実だろう?」
「いや、ええ……」
ルクスは返す言葉に困り、頬を引きつらせた。
その様子を見て、カンスがくすくすと笑う。
「えらい仲のええことで」
「そ、そういうわけじゃ……」
「なんだ。わたしでは不満なのか」
「そ、そんなことは言ってないよ!」
「ふふん。ならばよい」
ティアは満足げに胸を張る。
どうやら、本人はすっかりご機嫌らしい。
「……あはは」
ルクスは苦笑するしかなかった。
魔力のつながりができたことは、二人にとって大きな一歩だ。
けれど、それ以上に――。
(これから、ますます振り回されることになりそうだな……)
そんな予感を抱きながら、ルクスは隣で得意げに笑うティアを見つめた。




