2 そしてギルドへ2
「ルクス!」
冒険者ギルドの扉をくぐった瞬間、聞き覚えのある声が飛んできた。
振り向くと、そこには見慣れた顔があった。
「良かった。ロイさんも無事だったんですね!」
「ああ。おまえこそ……無事でよかった」
ロイは安堵したように大きく息を吐くと、ルクスの肩をがしっと掴んだ。
「まったく、あのときおまえを見失ってから、ずっと気になっていたんだぞ。ギルドでも捜索依頼を出せないか相談していたところだったんだ」
「そうだったんですね。心配をかけてすみません」
「本当だぞ。だが、こうして戻ってきてくれて何よりだ」
ロイがほっとしたように笑った、そのとき。
「ルークースーさーん!」
今度は、甲高い声がギルド内に響き渡った。
「も~~! 心配したっすよー!」
ばたばたと駆け寄ってきたのは、ギルド職員のダリアだった。
肩まで伸びた黒髪に、桃色のメッシュが入ったドワーフ族の女性である。
彼女はルクスの前までやってくると、腰に手を当てて頬を膨らませた。
「ギルドはただでさえ人手が足りないっていうのに! 毎日へろへろになるまで働かされてるんっすからね!」
「えっと……それは大変だね」
「大変なんてもんじゃないっす! そのうえ、貴重な光の魔術師であるルクスさんまでいなくなったら、もうどうしたらいいのかああああ!」
「ご、ごめんね、ダリアさん」
「まったくもう……。でも、無事に戻ってきてくれて本当によかったっす」
そう言って、ようやくダリアの表情が和らいだ。
「しかも美青年だしな。ルクスは」
ぽん、とロイがダリアの肩を叩く。
「べ、別にそれは関係ないっす!」
ぽっと頬を赤らめるダリア。
そんなやり取りを経て、ようやく落ち着きを取り戻したダリアだったが、そこで初めてルクスの隣に立つ人物に気づいた。
「……こほん。ところで、その方は?」
「ああ。ダンジョンで助けてもらったんだ」
「おお! そうだったんすね!」
ダリアは興味津々といった様子で、相手の姿をしげしげと眺めた。
フードを目深にかぶっているため顔はよく見えないが、どう見ても人族ではなさそうだ。
「でも……人族の方じゃなさそうですね」
「まあ、いろいろあってね」
隣のティアは、ぷいっと横を向いた。
どうやら、あまり詮索されたくないらしい。
ルクスは曖昧に笑ってごまかすと、軽く咳払いをした。
「ダリアさん。今日はちょっと疲れたから、二階の部屋に戻るね。詳しい話はまた明日でいいかな?」
「はーい! 今日はゆっくり休んでくださいっす!」
「ありがとう」
ロイとダリアに見送られ、ルクスは隣に立つ少女とともに二階へと向かった。
* * *
部屋に入ると、ティアは備え付けの椅子にちょこんと腰を下ろした。
その小さな身体からは想像もつかないほど尊大な態度で、ルクスを見上げる。
「さて、ルクスとやら」
「うん。そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったね」
ルクスも向かいの椅子に腰掛けると、にこやかに微笑んだ。
「あらためて。僕はルクス。ここ、果ての町チッタで冒険者をしている光の魔術師だよ」
「……ふむ」
ティアは小さく頷くと、胸を張って名乗った。
「わたしはティアーシャ・アヴィッソ。高潔なる吸血鬼にして、尊き始祖の血を受け継ぐ吸血令嬢である!」
「うんうん」
「…………」
「?」
「……なにをにこにこ笑っている?」
「え? いや、かわいいなあと思って」
「お・ま・え・がー!!」
ティアの額に、ぴくりと青筋が浮かんだ。
「わたしを!こんな姿にした張本人が、何を呑気なことを言っているのだ!」
「わわっ!」
「まったく! 調子が狂うではないか!」
ティアはぷいっと顔を背けた。
どうやら、彼女の高貴なる威厳は、ルクスにはまるで通用していないらしい。
いや、そもそも威厳を保とうとしていること自体が、今の姿では少々微笑ましいものになってしまっているのだが。
「でも、成り行きとはいえ、君には助けられた。ありがとう」
ルクスが改めて礼を告げると、ティアはちらりとこちらを見た。
どうやら、少しだけ機嫌を直したようだ。
「ほう。ようやくわたしの価値が理解できたようだな」
「うん。本当に感謝してるよ」
「ならば、その感謝とやらに見合う報酬をいただこうか」
「報酬?」
ティアは口元に薄い笑みを浮かべた。
「もっとも、おまえに金銭など期待してはいないがな」
「うん。実は、あまり持ち合わせがなくて……」
「だから、金などいらぬと言っている!」
ティアは椅子から飛び降りると、ルクスの前まで歩み寄った。
そして、小さな身体で精いっぱい背伸びをしながら、彼の顔を見上げる。
「おまえの身体で払ってもらえばよい」
「えっ?」
「少しばかり血をもらうだけだ。なに、おまえなら簡単だろう?」
「ぼ、僕なら?」
ルクスは困惑した表情を浮かべた。
ティアは当然とばかりに頷く。
「そうだ。あのとき、わたしはおまえを眷属にするつもりで血を吸った」
深紅の瞳が、じっとルクスを見つめる。
「だが、結果はどうだ? おまえは眷属になるどころか、こうしてぴんぴんしている。おまけに、わたしの身体はこの有様だ」
「う……。で、でも、また何が起こるかわからないし……」
「ええい! つべこべ言うな!」
次の瞬間。
「うわっ!?」
ティアがルクスの服を掴み、そのまま備え付けのベッドへと押し倒した。
小さな身体のどこに、そんな力があるのか。
見た目に反して、なかなかの怪力である。
そして――。
かぷっ。
「うっ……!」
ティアがルクスの腕に噛みついた。
ちうちう。
「……ぷはっ」
しばらくして口を離したティアは、満足げに舌先で唇をなぞった。
「やはり……」
その深紅の瞳が、妖しく輝く。
「あのときも思ったのだが……おまえの血は、なんというか……むふふ。極上だな」
どうやら、かなりお気に召したらしい。
ティアはルクスの腕を離すと、何やら考え込むように顎に手を当てた。
そして、何かを決意したように顔を上げる。
「決めたぞ」
「え?」
ティアはルクスの腕をぎゅっと掴み、堂々たる口調で宣言した。
「おまえは、わたしのものだ!」
「…………えっと?」
突然の宣言に、ルクスは目をぱちくりさせる。
どうやら、自分の意思など最初から考慮されていないらしい。
こうしてルクスは、どういうわけか一人の吸血少女に目をつけられることになったのだった。




