1 そしてギルドへ1
「と・に・か・く」
ティアは一音ずつ区切るように言い放つと、上目遣いにルクスを睨みつけた。
小柄になった身体では、かつて見る者を圧倒したであろうその眼差しも、どこか迫力に欠けてしまう。
「どういうことなのか、ちゃんと説明して」
「うーん……僕にも、まだはっきりとはわからないんだけど……」
ルクスは困ったように頬を掻いた。
村に着くなり、これである。
いや、正確には道中からずっとこの調子だった。
ティアは何度も同じ質問を繰り返し、そのたびにルクスも、わかる範囲で説明してきたつもりだ。
なぜ彼女の身体が、突然こんな少女の姿に変わってしまったのか。
残念ながら、ルクスにも答えられるだけの知識はない。
というより、そもそも彼自身、自分の身に何が起きたのかさえ、完全には理解できていないのだ。
瀕死の身体に吸血鬼の血が取り込まれた瞬間、脳裏によみがえった光の巫女の記憶。
――いや、あれは本当に光の巫女だったのだろうか。
あの記憶はいったい何だったのか。なぜ自分の中に眠っていたのか。そして、あの光は何を意味していたのか。
考え始めれば、疑問は尽きない。
今のルクスに確かめられることといえば、身体からあふれ出した光が収まったあと、瀕死だった自分の傷がすっかり癒えていたこと。
そして、抱き合っていたティアが、なぜか幼い少女の姿になってしまったこと。
その二つだけだった。
「……つまり?」
ティアが、ずい、と顔を近づけてくる。
深紅の瞳が、逃げ道を塞ぐようにルクスを見据えた。
「僕に起因する光の発現で、君の身体にも何か変化が起きたんじゃないかと……」
「それはさっき聞いたわ」
「だよね……」
ルクスは苦笑いを浮かべた。
ティアは深々とため息をつき、額に手を当てる。
「はあ……まあとりあえず、ティアでいいわ」
「うん?」
「だから、わたしの名前。ティアって呼びなさい」
「あっ」
ルクスはようやく合点がいったとばかりに頷いた。
「うん。僕はルクス。よろしくね、ティア」
そう言って、にっこりと微笑みかける。
ティアは一瞬、ぽかんとした。
それから、呆れたように目を細める。
「……本当に変わってるわね、あなた」
「そ、そうかな?」
「だってそうでしょう。こんな身体になったわたしを前にして、よくそんな暢気でいられるものね」
ティアの声が、わずかに低くなった。
「わたしは魔族なのよ。姿が変わったくらいで、力まで失ったとは限らない。あなたなんて、その気になれば簡単に殺せるんだから」
深紅の瞳が、じっとルクスを射抜く。
かつての彼女を知る者なら、その視線だけで身をすくませたことだろう。
だが、当のルクスはというと。
「でも、ほら。今は生きてるし」
「……そういうところよ」
「すみません……」
ルクスはしゅんと肩を落とした。
どうやら、また何かを間違えたらしい。
とはいえ、ティアの言い分ももっともだった。
彼女は魔族。それも、ただの魔族ではない。吸血令嬢を名乗るほどの存在なのだ。
そんな相手を前にして、こうも気安く接する人間は、確かに珍しいだろう。
――まあ、本人に威圧している自覚があるかどうかは、また別の話だが。
「……ところでさ」
気まずくなった空気を変えようと、ルクスはティアの姿を改めて眺めた。
「服はぶかぶかになったりしないんだね」
「…………あのねえ」
ティアのこめかみが、ぴくりと動いた。
不満げに頬を膨らませ、恨めしそうに自分の身体を見下ろす。
白銀の髪も、透き通るような肌も、以前と変わらない。
けれど、手足はすっかり細くなり、視線の高さもずいぶんと低くなってしまった。
それなのに、衣服だけは何事もなかったかのように元の姿を保っている。
まるで、身体の変化など最初からなかったかのように。
悠久の時を生きてきたであろう彼女にとって、この変化はそう簡単に受け入れられるものではないはずだ。
「……わたしたち魔族はね。特に高位の者になると、身体の大部分が魔素で構成されているの」
ティアは不機嫌そうに腕を組んだ。
「だから、肉体の形が変化しても、身につけているものまで同じように変化することがあるのよ」
「へえ……そうなんだ」
「……本当にわかっているの?」
「うん。なんとなく」
「はあ……」
ティアは再び、深いため息をついた。
ルクスは悟った。
これ以上、余計なことを口にするのはやめておこう。
どうやら今のティアは、些細な一言でさえ機嫌を損ねかねないらしい。
「……とりあえず」
ルクスは咳払いをひとつして、話題を変えた。
「この町のギルドに、生存の報告をしに行きたいんだけど。いいかな?」
ティアは一瞬だけ考えるような素振りを見せたあと、あっさりと頷いた。
「いいわ。やることがあるなら、さっさと終わらせましょう」
そう言って、彼女はくるりと踵を返す。
小さな背中には、相変わらず不機嫌そうな雰囲気が漂っていた。
ルクスはその後ろ姿を見つめ、苦笑する。
――さて、ギルドでは何から説明すればいいのだろう。
自分が死にかけたこと。
吸血鬼の血を取り込み、そして……
……いや、待て。
これを全部正直に話したところで、果たして信じてもらえるのだろうか。
考えれば考えるほど、まともに説明できる気がしなかった。
「……まあ、なんとかなるか。説明はできる範囲にしておこう」
小さく呟き、ルクスはティアのあとを追った。
こうして二人は、町のギルドへと向かうのだった。




