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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第5章 負け役の中ボス

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第72話 師の剣、弟子の剣

 それでも、俺のほうが強かった。


 黒閃をくぐり抜けたリオに、もう一度大剣を叩きつける。

 リオは、受けた。受けて、押し返そうとして押し返せずに、また床を滑る。


 魔王の魔力は、底が見えなかった。

 何度振っても、腕は疲れない。黒鎧が、静かに力を送り続けてくる。


 リオは、違う。肩当てはへこんだままで、息はさっきよりもずっと荒い。額から流れた汗が目に入りそうになって、何度も瞬きをしている。


 ――このままいけば、勝てる。


 その考えが、頭をよぎった瞬間。

 胸の奥が、すっと冷えた。


(勝ったら、どうなる)


 最後の封印は、解けない。

 リオは魔王の前に立てない。魔王は、百年待ち続けた終わりをまた待つことになる。


 そして、リオは――。


 大剣が、一瞬だけ、鈍った。


 リオが、その一瞬を見逃さなかった。


***


 聖剣が、俺の大剣の下を潜り抜けてくる。


 懐へ、一拍だけ遅らせて。


 とっさに身をひねったが、聖剣の切っ先が黒鎧の脇腹を浅く斬った。


 脇腹に、熱い痛みが走る。


「……今、迷いましたね」


 リオが、すぐに距離を取りながら言った。


「先生の剣、今、一瞬だけ、止まりました」


 ――見られていた。


「手加減、しないでください」


 リオの声が、震えている。

 怒っているのか、怖がっているのか、分からない声だった。


「今までみたいに、僕を勝たせようとしないでください。……そんなことされたら、僕は、また何も知らないまま、勝ったことにされる」


 筆頭の間に、リオの声が響く。


「本気で、戦ってください。それで、僕が負けたら、それは、僕が弱かったってことです」


 ――セレスの声を、思い出した。


 やめて、と言った声。

 本気で負けたら、あなたの首にも、痕が出る。


(……分かっとる。怖い)


 本気で戦って、あの子を傷つけるのも。本気で負けるのも。


 でも、この子はそれでも、本気を望んでいる。

 勝たせてもらうのではなく。自分の剣で、勝つことを。


 大剣を、握り直した。


「……すまん」


 兜の中で、小さく呟く。


「今のは、俺が悪い」


 リオの構えが、一瞬だけ揺れた。


***


 そこから先は、もう迷わなかった。


 大剣を振っては受けられ、返しては弾かれ、踏み込んでは避けられる。


 リオの剣は、少しずつ変わっていった。


 最初は、教えたとおりの剣だった。

 重心を前に。脇を締めて。足で床を固めてから、踏み込む。


 それが、少しずつ崩れていく。


 ――いや、崩れているのではない。組み変わっていく。


 懐へ飛び込む動き。一拍遅らせる剣。

 聖域を張って、その中で相手の魔力を遅くする技。

 ボルドの膝と肩を踏んで、空へ跳んだときの、跳び方。

 ガルムの拳を受け流した、柄の使い方。


 一つ一つは、どこかで、誰かに教わったものだった。

 でも、それが俺の知らない順番で、俺の知らない組み合わせで次々と繰り出されてくる。


 懐へ飛び込みながら、聖剣を床に突き立てる。

 聖域が広がった瞬間、床を蹴って空へ跳ぶ。跳びながら聖剣を引き抜いて、空中で一拍遅らせて振り下ろす。


(……なんや、それ)


 見たことのない剣だった。


 テストで何千回も見てきた勇者の剣ではない。

 原作のどの技表にも、載っていない剣。


 ――この子が、自分で作った剣だ。


***


 空中から振り下ろされた聖剣を、大剣で受けた。


 さっきまでとは、重さが違った。聖域で俺の魔力が遅くなっている分、リオの剣だけが元の速さで、元の重さでのしかかってくる。


 膝が、床に沈んだ。


 ――押されている。


 俺が、五魔将筆頭が、魔王の魔力を満たした黒鎧の、本気のヴァルガスが。


 着地したリオの息は荒く、肩が大きく上下している。それでも、聖剣をすぐに構え直す。


「……先生」


 リオが、荒い息の合間に言った。


「今の、どうでしたか」


 ――どうでしたか。


 この子は、ずっとそれを聞きたかったのかもしれない。

 黒騎士に。先生に。自分の剣が、どうだったか。


 河原で百回振ったときも、雪原で氷の槍の避け方を教えたときも。ザハルで二十本負けたあと、二十一本目で一本取ったときも。


 俺はいつも、心の中で点数をつけていた。

 でも、一度も口に出して言ったことはなかった。


 兜の中で、息を吸い込む。


「――十点満点で」


 声が、少しだけ震えた。


「十点や」


***


 リオの目が、大きく見開かれた。


 くしゃりと、顔が歪んだ。

 歯を食いしばって、それでも口の端だけが笑っていた。


 廃砦で、俺の兜を割ったとき。

 黒い煙の向こうで見た、あの日の顔に少し似ている。でも、あの日よりずっと強い顔だった。


「……ありがとう、ございます」


 リオは、聖剣の柄を両手で握り直した。


 構えた。

 足で床を固めて。重心を前に。脇を締めて。


 ――最初に教えた構えだ。


 全部を組み替えて、自分だけの剣を作り上げて。

 それでも最後に戻ってくるのは、廃砦の日に俺が怒鳴って教えた構えなのだ。


「次で、終わらせます」


 リオが、言った。


「先生の兜、もう一回、割ります」


 俺は、大剣を構え直した。


 膝はまだ痺れていて、脇腹の傷もじんじんと熱い。それでも、黒鎧の中で魔王の魔力はまだ尽きていなかった。


「……割れるもんなら、割ってみい」


 思わず、素の言葉が出ていた。


 リオが、驚いた顔をする。

 それから、笑った。今度は、歯を食いしばってはいなかった。


「はい!」


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