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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第5章 負け役の中ボス

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第71話 本気の黒閃

 リオの一歩目は、速かった。


 ザハルの豹の少年よりも、ずっと。

 床を蹴る音が、ほとんど聞こえない。燭台の炎が、リオの起こした風で一斉に横に揺れた。


 懐へ。大きな相手には、懐が安全。


 ――知っている。それを、俺はリオから盗んだのだから。


 大剣の柄を、短く持ち替えた。

 懐に飛び込んできたリオに、柄頭をまっすぐに突き出す。


 リオが首をひねって、それをかわした。

 かわしながら、聖剣を下から斬り上げてくる。ほんの一拍だけ遅らせた、ザハルで覚えた剣。


 大剣の腹で受けた。白い刃と黒い刃が、ぶつかり合う。

 火花の代わりに、白と黒の光が筆頭の間に弾け散った。


 半年前、廃砦で俺の兜を割った剣とは、比べ物にならないほど重い。


(……強なったな)


***


 押し返した。リオの体が、床の上を三歩後ろへ滑る。

 足で床を固めて、止まる。すぐに、構え直す。


 ――ここからだ。


 今までなら、ここで隙を作ってやった。

 わざと大振りに。わざと遅く。左脇の継ぎ目を見せてやった。


 今日は、しない。


 踏み込んだ。俺の一歩目も、速い。

 魔王の魔力が、黒鎧の中で脚に力を貸している。リオとの距離が、一瞬で半分になった。


 大剣を横なぎに振る。


 リオが跳んだ。大剣の上を、飛び越えるように。空中で体をひねって、聖剣を俺の兜へ振り下ろしてくる。


 ――兜は、割らせない。


 大剣を返して、聖剣を下から弾いた。

 リオの体が空中でくるりと回り、そのまま床に着地する。


 すぐに、また跳んでくる。


 右から、左から、正面から。一合、二合、三合と、白い刃と黒い刃が何度も何度もぶつかり合う。


 十合を過ぎたころ、リオの剣が俺の籠手をかすめた。


 黒鎧の表面に、細い傷が走る。

 ――浅い。でも、確かに届いた。


 次の瞬間、俺の大剣がリオの肩当てを打っていた。


 リオの体が、床の上を転がっていく。

 筆頭の間の壁際まで転がって、ようやく止まった。


「……っ」


 リオが膝をついたまま、肩を押さえた。


 肩当てが、大きくへこんでいる。

 骨は、たぶん折れていない。でも、しばらくは腕が痺れているはずだ。


 ――手加減は、していない。


***


「立て」


 声が、自分でも驚くほど冷たく出た。


「その程度か、勇者」


 リオが顔を上げた。痛みに顔をしかめながら、それでも、目は俺を見ている。

 足で床を固めて立ち上がる。聖剣を構え直す。


 ――立った。


(……ええぞ)


 そう思いかけて、気づいた。


 ――今、採点していない。


 廃砦でも、ブランシュでも、雪の国でも、砂漠でも。

 リオが剣を振るたびに、俺は心の中で点数をつけていた。今の踏み込み、十点満点で四点。今の跳び方、八点。


 今日は、一度もつけていない。


 つける余裕が、ないのだ。

 リオの剣を受けるのに、全部の集中を使っている。採点している暇など、どこにもない。


(……ほんまに、本気なんやな、俺)


***


 リオが走った。さっきよりも、さらに速い。

 肩の痛みをまるで感じていないかのように。


 大剣を、構える。――ここで、決める。


 黒閃。テストのときの百分の一でも、千分の一でもない。ブランシュの盗賊の弓の弦を斬ったときの細さでも、リュシーの楔を断ったときの細さでもない。


 全力の、黒閃。


 強すぎて調整を諦められた、没技。

 データだけが残って、誰も正面から撃ったことのない技。


 大剣を振った。黒い三日月が、筆頭の間を真正面から駆け抜けた。


 ブランシュの夜、ヒュドラを両断した斬撃よりも、さらに太く、さらに速い。

 燭台の炎が一斉に吹き消された。部屋が、一瞬真っ暗になる。


 黒い三日月の向こうで、白い光が一点だけ輝いていた。


 ――聖剣だ。


 リオが、聖剣を床に突き立てていた。


 白い光が、刃から床へ、波紋のように広がる。

 リオの周り、三歩の範囲に。


 聖域。


 黒い三日月が、聖域の縁に触れた。


 ――遅くなった。


 黒閃が、蜂蜜の中を進むようにのろのろと聖域の中へ入っていく。

 魔力で放った斬撃は、魔力の働きを遅らせる聖域の中では、速さを失う。


 リオは、のろのろと迫ってくる黒い三日月の下をくぐり抜けた。


 ザハルの闘技場で、獣の前脚の下に聖剣を突き立てに飛び込んだときのように。

 迷わずに、目を、閉じずに。


 黒閃が、リオの頭の上をゆっくりと通り過ぎていく。

 リオの金色の髪が、ひと房だけ切れて舞った。


 そして、聖域の外に出た瞬間、黒閃は元の速さに戻った。


 ――ずん。


 筆頭の間の壁に、巨大な三日月形の亀裂が刻まれた。


***


 燭台の炎が、一つ、また一つと勝手に灯り直していく。


 暗闇が晴れたとき、リオは俺の三歩手前に立っていた。


 聖剣を床から引き抜いて。

 息を荒くしながら、それでも、まっすぐに構えて。


 ――全力の黒閃を、避けられた。


 いや、避けたのではない。

 聖域で遅くして、その下をくぐったのだ。


 ブランシュで俺がヒュドラを斬るために、リオの剣の軌跡をなぞったように。

 この子は、俺の黒閃の軌跡を、見切った。


「……先生の、黒閃」


 リオが、荒い息の合間に言った。


「ブランシュの夜に、一度、見ました。ヒュドラを斬ったとき。……あのとき、すごいって思った。自分も、いつか、あんなふうに斬れたらって」


 リオは、聖剣を構えたまま俺を見ている。


「だから、ずっと、考えてたんです。あの斬撃を、どうやったら、受けられるかって」


 ――ずっと、考えていた。


 この子は、俺の技を半年かけて見続けていたのだ。

 いつか自分が、それと向き合う日のために。


(……あほか)


 思わず、兜の中で口元が緩んだ。


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