↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第5章 負け役の中ボス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/74

第68話 【魔王視点】百年の帳

 中庭から、剣を振る音が聞こえていた。


 ぶん、ぶん、と。重くて、まっすぐな音。

 黒鎧の魔将が、今夜も一人で振っているのだろう。

 帳の奥から中庭は見えない。音だけが届く。


 私は、目を閉じた。

 目を閉じると、いつも同じ三つの場面が浮かんでくる。


***


 北の小さな村の、祠の前。


 十五の秋の、よく晴れた朝だった。

 その月の掃除当番は、私だった。箒で落ち葉を掃いて、台座に刺さった古い剣の周りだけは、いつも丁寧に。


 柄に積もった埃を指で払う。

 ――次の瞬間、剣は台座から抜けて、私の手の中にあった。


 抜こうとしたわけではない。

 ただ、するりと、収まったのだ。

 村の大人たちは喜ぶより先に、困った顔を見合わせるばかり。


 村の誰も、私に剣を教えてくれなかった。

 王都から来た騎士は、私の素振りを三日見て、「筋がない」と言って帰ってしまった。


 帰る前の晩に、一度だけ聞いた。どこが駄目なのですか、と。

 騎士は肩をすくめただけ。答えは、とうとうもらえなかった。


 だから、一人で振った。

 祠の裏の誰もいない林で。重心がどこにあるのかも知らずに、毎朝、手の皮が剥けるまで。


 ――あの子と、同じだ。


 帳の奥から、初めてあの子の名前を聞いたとき。

 祠の掃除当番だったと聞いたとき。私は百年ぶりに、少しだけ笑った。


***


 北の雪原で、氷の魔将と向き合った。


 強い魔将だった。

 氷の槍が、吹雪に混じって四方から降ってくる。それでも魔将は、最後まで氷の鎧を纏おうとはしない。


 槍の切れ目を待って、懐へ飛び込む。

 体ごと前へ。脇を締めて、一拍だけ、遅らせて。祠の裏の林で、手の皮を剥きながら一人で見つけた振り方。


 聖剣が、魔将の額の氷冠を真っ二つに割る。

 魔将は雪の上に膝をついた。白い首に、細い光の筋が浮かび上がる。


 聖剣の痕。三日のうちに、命の根を焼き切る痕だ。


 剣の振り方は教えてくれなかった王都の騎士たちが、それだけは教えてくれた。

 魔将を倒したら、首に剣を当てて、痕が浮かぶのを見届けろ、と。


 だから、切っ先を魔将の首に当てた。


 魔将は、逃げなかった。

 剣を当てられたまま、私を見上げている。

 責める目ではなかった。何かを確かめるような目。


 ――ごめんなさい。

 声に出したのかどうか、覚えていない。


 視界が、滲んだ。

 頬を伝ったものが顎から落ちて、魔将の白い首の上で小さく凍る。


「……泣いているのね」


 魔将が、静かに言った。


「北の故郷に、娘が二人いるの。……帰らせてくれる?」


 私は、剣を下ろした。


 魔将は立ち上がって、雪の向こうへ歩いていく。

 一度も振り返らない。白い背中は、すぐに吹雪に紛れて見えなくなった。


 三日目の朝、二人の娘の手を握ったまま、雪が溶けるように消えた。

 そう聞いたのは、次の町の宿でのことだ。


 その夜、私は一晩じゅう泣いた。

 泣いて、それでも、次の魔将を倒しに行った。


 勇者だったから。


***


 先代の魔王を討った夜のことも、今でも覚えている。


 帳の奥にいたのは、私より少しだけ年上に見える、痩せた男だった。

 剣を構えもせずに玉座の前に立って、私を待っていた。


 男は、両手をゆっくりと広げた。

 無防備に。まるで、斬られるために。


 罠だと思った。だから、まっすぐに踏み込んだ。

 聖剣が、魔王の胸を貫く。

 魔王は、笑っていた。疲れたように、安心したように。


 ――やっと、終われる。


 魔王はそう言って、聖剣を握る私の手に自分の手を重ねた。


 次の瞬間、魔王の体から黒い何かが流れ出してきた。

 その一瞬、玉座の間の高い窓の外で、夜空から色が抜けた。星も雲も、のっぺりとした灰色の平面になる。


 黒いものは、重ねられた手を伝って、指から手首へ、腕へと這い上がってきた。


 熱くて、冷たくて、重いもの。

 振り払おうとしても、離れない。


 黒いものは肘を越え、肩を越えて、私の胸の奥にすとんと落ちた。

 窓の外に、星が戻った。


 あれは、行き場を探していたのだと思う。受け取る者がいなければ、あの灰色はどこまで広がったのか。百年、考えないようにしてきた。


 魔王の体が、灰のように崩れていく。

 崩れる直前、その唇が小さく動いた。


 ――すまぬ。次は、そなただ。


 その夜から、私は、魔王になった。


 城の中は、しんと静まり返っていた。

 五魔将は、もう一人もいない。旅の途中で、私が全員倒してきたのだから。


 初めて帳の奥に座ったとき、玉座の肘掛けに細い傷がいくつも刻まれているのに気づいた。

 爪で引っかいたような、古い傷。先代の魔王も、その前の魔王も、ここに座って同じように待っていたのだろう。


***


 中庭の剣の音は、まだ続いている。


 あの男は、勇者を殺さないように戦うのだろうか。

 それとも、本気で、勝つつもりで戦うのだろうか。


 どちらでもいい。


 勇者が、ここへ来る。

 あの子が、聖剣を持って、私の前に立つ。

 百年、待ち続けた終わりが、やっと来る。


 帳の奥で、私は肘掛けの古い傷を指先でなぞった。

 百年のあいだに、そこには私の爪の傷もいくつか増えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。