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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第4章 作者の負け方

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第65話 筆頭の席

 魔王城に戻ったのは、それから十日後だった。


 黒鎧は、着られるようになっていた。

 着られる、というだけだ。魔力のない鉄の鎧は、ただ重く、肩と腰にのしかかってくる。大剣は、ボツの背中に縛りつけて運んだ。


 セレスは、没座標の森でボツから降りた。

 森の入口で、リュシーが、姉の腰に飛びついてくる。その後ろで、ギギが、俺の顔を見るなり帳面を取り落とした。


「ヴァルガス様……! お痩せに、なられて……!」

「痩せてはいない」

「お顔が、お疲れで……!」

「……それは、そうかもしれん」


 ギギは、泣きながら、俺の籠手にしがみついた。


 リュシーが姉の腰から離れて、俺の前に来る。

 魔力の抜けた籠手に、小さな手でそっと触れて、俺の顔をじっと見上げる。


「鎧、冷たくなっちゃったね」

「……ああ」

「でも、平気だよ。あったかい人があったかいのは、鎧のせいじゃないもん」


 氷の柱から助け出したときも、この子は冷たい黒鉄の鎧の腕の中で、あったかい、と言った。

 リュシーは、にっこりと笑った。


***


 玉座の間に呼ばれたのは、その夜だった。


 首のない騎士が、脇に抱えた兜の中から俺の名前を呼ぶ。

 何度目だろう。この廊下を、この騎士の後ろについて歩くのは。


 玉座の間には、誰もいなかった。


 ゼクスの姿は、もちろんない。

 マリネラの海の上で消えてから、魔王城には一度も戻ってきていないらしい。


 黒い柱のあいだを、帳の前まで歩く。

 片膝をつくと、魔力のない黒鎧がぎしりと鳴った。


「――ヴァルガス」


 帳の奥から、あの声がした。


「海魔将が、討たれた」

「……は」

「ゼクスは、戻らぬ。……おそらく、二度と」


 帳の奥は、しばらく静かだった。


「五魔将のうち、四人が、勇者に討たれた。黒鎧のヴァルガス。氷のセレス。獣王ガルム。海魔将ゼクス」


 一人ずつ、名前を呼んでいく。


「そのうち、三人は、生きている。……お前と、セレスと、ガルムは」


 ――知っている。


 この声は、全部、知っている。


 セレスが生きていることも。俺が何をしてきたのかも。

 いや、もしかしたら、最初から。


「ヴァルガス。最後の封印のことを、話しておく」


 帳が、かすかに揺れた。


「聖剣の封印は、五つ。五魔将を、一人ずつ倒すたびに、一つずつ解ける。……四つは、もう、解けた」

「……は」

「最後の一つは、五魔将の筆頭を倒さなければ、解けぬ」


 五魔将の、筆頭。


 灯籠祭りのあと、この帳の前で一度だけ聞いた言葉だ。

 ――まだ、筆頭の席には、遠いな。


 原作では、名前だけが語られる存在だった。

 最終章の直前に、魔王の口からただ一言。――我が筆頭が、お前を待つ、と。


 その筆頭の顔を、俺はテストのデータでも見たことがない。

 データそのものが、なかったのかもしれない。


 ――あなたの先生は、魔王軍五魔将の筆頭。


 マリネラの広場でゼクスが群衆に聞かせた声が、耳の奥でよみがえる。

 芝居だと、打ち消したはずの言葉だ。


「筆頭とは……」


 声が、かすれた。


「筆頭とは、どなたのことでございますか」


 帳の奥で、小さく息が漏れた。


 笑ったのだと、今度はすぐに分かる。


「――お前だ、ヴァルガス」


***


 玉座の間が、しんと静まり返った。


「黒鎧のヴァルガス。百年以上、魔王軍の先陣に立ってきた男。五魔将の中で、最も強く、最も古い魔将。……筆頭の席は、最初から、お前のものだ」


 あれは、芝居では、なかったのか。


 原作の設定資料のどこにも、そんなことは書いていなかった。

 ヴァルガスは、チュートリアルの中ボスだった。十五分で倒される、ただの通過点。


 ――いや。


 ゼクスが言っていた。原作の最初の版は、切り刻まれて継ぎ足された、と。

 最初の版を書いたあの男は、広場で知っていることをそのまま口にしただけだった。


 チュートリアルで倒される中ボスが、本来は五魔将の筆頭だったとしたら。

 最初に倒されて、最後にもう一度、勇者の前に立つ。そういう筋書きが、最初の版にはあったのかもしれない。


「……我は、すでに一度、勇者に倒されております」

「兜を割られた。だが、お前は、討たれてはいない」


 帳の奥の声が、静かに言った。


「セレスが見抜いたとおりだ。お前の首には、聖剣の痕がない。……廃砦で、お前は、討たれたふりをしただけだ」


 息を、呑んだ。


「最後の封印は、筆頭が、本当に討たれたときに解ける。ふりではなく。……勇者と、本気で戦い、本気で負けたときに」


***


 本気で、戦う。


 廃砦では、手加減した。

 白霧の神殿では、氷の巨人の中で、上手に負けた。


 ――本気で戦って、本気で負ける。


 俺は、自分の手を見下ろした。


 ひびだらけの、魔力のない籠手。

 大剣を持ち上げることすら、まだできない。


「……今の我には、本気で戦う力が、ございません」


 正直に言った。


「海の底で、すべての魔力を使い果たしました。今の我は、勇者の前に立っても、ただの的にしかなりませぬ」

「知っている」


 帳の奥の声は、少しも驚いていなかった。


「だから、戻す」

「……は?」

「お前の魔力を、我が戻す」


 帳が、揺れる。


 帳の隙間から、白い手が一本だけ差し出された。

 細くて、若い手だった。思っていたよりも、ずっと小さな手。


 その手のひらの上に、黒い光が静かに渦を巻いていた。


「魔王の魔力を、分け与える。黒鎧は、再び力を取り戻す。……黒閃も、撃てるようになる。ただし、この一戦の間だけだ」


 帳の奥の声は、淡々としていた。


「勇者との一戦が終われば、勝っても負けても、この魔力は我に還る。……お前が海の底で捨てたものは、戻らぬ」

「……なぜ」


 思わず、聞き返す。


「なぜ、そこまで」


 帳の奥は、しばらく何も答えなかった。


 それから、静かな声が聞こえた。


「勇者は、最後に、我の前に立つ」


 白い手のひらの上で、黒い光が回っている。


「その前に、お前と戦わねばならぬ。……本気のお前と。手加減も、ふりもない、五魔将筆頭のお前と」


 帳の奥の声が、少しだけ柔らかくなった。


「そうでなければ、あの子は、我の前に立てるほど、強くはなれぬ」


 ――あの子。魔王が、勇者をそう呼んだ。


「受け取れ、ヴァルガス」


 白い手が、俺の前に差し出されていた。


「そして、勇者と、本気で戦え。……お前が、ずっと教えてきた弟子と」


 俺は、白い手を見つめている。


 次に会うとき、と、リオは言った。

 先生が、ちゃんと元気になって、剣が持ち上がるようになってから、と。


 ――次に会うときは、敵として。

 本気の、五魔将筆頭として。


 俺は、ゆっくりと手を伸ばした。


 ひびだらけの籠手が、白い手のひらの上の、黒い光に触れた。


(第4章 作者の負け方 完)


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