↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第4章 作者の負け方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/74

第63話 作者の退場

 氷の泡が、海面を割って、朝の光の中に浮かび上がった。


 海の底の白い光とは違う、本物の太陽の光が、目を開けていられないほどまぶしかった。


 泡が、凍った海の上に降り立つ。

 セレスが手を下ろすと、泡は音もなく溶けて消えた。


 港の入り江を塞いでいた氷の壁は、まだ、そこに立っていた。

 その向こうで、マリネラの白い家々が、朝日を浴びて光っている。


 足の下の渦は、もう、なくなっていた。

 ただの冷たい海が、凍った表面の下で、静かに揺れているだけだ。


「……終わった、の?」


 ノエルが、氷の上にへたり込んだまま、呟いた。


「終わったわ」


 ミレイユが、杖に寄りかかって答える。

 三つ編みの先から、海水がぽたぽたと滴っていた。


 ボルドは、斧を氷の上に突き立てて、大きく息を吐いた。

 リオの頭を、大きな手でぐしゃりと撫でる。


 リオは、されるままになっていた。


***


 ゼクスは、氷の上に、仰向けに倒れていた。


 黒い礼服は、海水でずぶ濡れになり、ところどころ破れている。

 片眼鏡のない顔は、思っていたよりもずっと若く見えた。疲れた、三十代の、どこにでもいる男の顔。


 俺は、ゼクスの横に、膝をついた。

 立っているだけで、膝が笑う。魔力を失った黒鎧が、ひどく重い。


「……生きているか」

「ええ。おかげさまで」


 ゼクスは、空を見上げたまま答えた。


「勇者くんに、助けられてしまいました。……私を、殺そうとした男を」

「あいつは、そういう奴だ」

「知っています。……いえ、知りませんでした。今日、初めて知りました」


 ゼクスは、ゆっくりと上体を起こした。

 咳き込んで海水を吐いてから、リオのほうを見た。


 リオは少し離れた氷の上で、ボルドに頭を撫でられたまま、こちらを見ている。

 警戒している目ではなかった。ただ、ゼクスを見ている。


「……勇者くん」


 ゼクスが、声をかけた。


「さっきは、ありがとうございました」


 リオは、驚いた顔をした。

 それから、小さく頭を下げる。


 ゼクスは、ふっと笑った。

 いつもの柔和な笑みとは違う、少しだけ、照れたような笑み。


「負けを認めるというのは、思っていたより、悪くない気分ですね」


***


 ゼクスは立ち上がると、ずぶ濡れの礼服の裾を払った。

 破れた胸元の隠しは、空っぽだった。白い栞は、海の底に沈んだままだ。


「さて。私は、そろそろ退場します」

「……逃げるのか」

「ええ。負けた中ボスは、退場するものでしょう? あなたも、何度もそうしてきたじゃないですか」


 ゼクスは、懐から、一枚の紙を取り出した。

 黒い紙。参謀の紋。転移の札だ。


「海の底では使えませんでしたけどね。改稿の宮殿の中では、ほかの力は全部、書き換えられてしまうので」


 札を、指先でつまむ。

 握り潰す前に、ゼクスは、俺を見下ろす。


「デバッガーくん」

「……なんだ」

「あなたの報告書、読んでおけばよかった」


 ゼクスの声は、静かだった。


「改稿の弱点だけじゃない。……ほかの報告書も。あなたは、私の書いた物語の、どこが壊れているのかを、ずっと見ていた人だったんですね」


 答えなかった。


 発売前の、何百枚もの報告書。

 会社の床で、天井の染みを数えながら書いた文面。誰にも読まれないまま、積み上がっていった紙の山。


 ――この男は、その一枚を、読まずに捨てた。


 でも、今は、読みたかったと言っている。


「一つだけ、訂正しておきます」


 ゼクスは、札を指先で弄びながら言った。


「私は、負けを認めました。今日、この場で、勇者くんに。……でも」


 片眼鏡のない目が、まっすぐに俺を見る。


「物語の結末は、まだ、書いていません」


 空気が、少しだけ冷たくなった気がした。


「最初の版の結末は、没になりました。発売された版の結末は、誰かが継ぎ足したものです。……この世界の結末は、まだ、誰も書いていない」

「……何が言いたい」

「あなたが書くのか、勇者くんが書くのか、魔王様が書くのか。それとも、私が、もう一度書くのか」


 ゼクスが、笑う。


「楽しみにしていますよ。……最後の封印のことは、魔王様に、聞いてごらんなさい」


 札が、握り潰された。


 黒い光が、ゼクスの体を包む。

 光が消えたとき、凍った海の上には海水の水たまりが一つ、残っているだけだった。


***


 しばらく、誰も、何も言わなかった。


 氷の上を、潮風が吹き抜けていく。

 港の氷の壁の向こうから、町の人々の歓声がかすかに聞こえ始めている。


「……最後の封印」


 ミレイユが、ぽつりと言った。


「第四の封印が解けた。残りは、一つ。……五魔将は、あと誰が残っているの?」


 誰も、答えなかった。


 ヴァルガス。セレス。ガルム。ゼクス。

 四人の魔将の証は、もう、折れている。兜。氷冠。牙。栞。


 五魔将は、五人。

 残る一人は――。


 俺は、自分の手を見下ろした。


 ひびだらけの、黒い籠手。

 光沢を失った、ただの鉄の塊。


 原作の五魔将の、筆頭の席。

 ゲームの中では、最終章の直前に、名前だけが語られる存在だった。正体は、最後まで明かされなかった。


(広場でゼクスは、俺を筆頭と呼んだ。……あれは、群衆を煽る芝居や。チュートリアルの中ボスが座る席やない)


 ――あの席に座る魔将の顔を、俺は、テストのデータでも見たことがない。


「……先生?」


 リオの声がした。


 顔を上げると、リオが少し離れた場所から、こちらを見ていた。

 何かを聞きたそうな顔で。でも、何も聞かずに。


 俺は、首を横に振った。


 分からない。

 この先に何が待っているのか、デバッガーの俺にも、もう、見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。