↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第4章 作者の負け方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/74

第60話 改稿

 大広間は、巨大な書斎だった。


 天井まで届く本棚が、壁という壁を埋め尽くしている。

 背表紙には、何も書かれていない。何千、何万という、白紙の本。


 大広間の真ん中に、ゼクスが立っていた。


 ゼクスの胸元から、白い栞の光が漏れている。


 俺とセレスは、大扉の脇の、柱の陰に身を潜めていた。

 セレスの氷で、柱の影の中に、小さな隙間を作ってある。そこから、大広間の中が見えた。


「お待ちしていました」


 ゼクスは、両手を広げる。


「先生は、お連れにならなかったようですね。……よかった。約束を守ってくださって」


 リオは、答えなかった。

 聖剣を構えたまま、足で床を固める。重心を前に。脇を締めて。


 ボルドが新しい斧を構えて、リオの左に出た。

 ノエルが、その後ろに。ミレイユが、杖の先の水晶をゼクスに向けた。


「四人がかり、ですか」


 ゼクスは、少しも慌てた様子を見せない。


「構いませんよ。何人でも、何度でも」


***


 最初に動いたのは、ボルドだった。


 斧を振りかぶって、ゼクスに真正面から斬りかかる。

 ゼクスは、避けもしなかった。


 斧が、ゼクスの肩に食い込んだ。


 ――そう見えた、次の瞬間。


 ボルドは、斧を振りかぶった姿勢のまま、元の場所に立っていた。


「……あ?」


 ボルドが、自分の手の中の斧を見下ろした。

 斧の刃には、何もついていない。ゼクスの肩にも、傷一つない。


 ボルドは、何が起きたのか分かっていない顔をしていた。

 斧を振ったことさえ、覚えていないのだろう。


 でも、俺は覚えていた。


 斧が、ゼクスの肩に食い込んだこと。

 ゼクスが指先で胸元の栞をなぞり、すべてが十呼吸前に書き戻されたこと。


(……やっぱり、俺には効かんのか)


 改稿の巻き戻しを覚えていられるのは、使った本人だけ。

 なのに、俺は紅茶のときと同じように、全部、覚えている。


「――炎の矢よ!」


 ミレイユの杖から、炎の矢が三本、放たれた。


 矢は、ゼクスの胸に突き刺さる。

 ゼクスの体が、後ろによろめいた。


 栞が、光る。


 ミレイユは杖を構えた姿勢のまま、元の場所に立っていた。

 杖の先の水晶には、まだ、炎の気配すら宿っていない。


「……今、私、何か……」


 ミレイユが、眉をひそめた。


 さすがの賢者でも、巻き戻されたことには気づけない。

 ただ、何かがおかしいということだけは、感じ取っているようだった。


***


 リオが、走った。ゼクスの懐へ。

 大きな相手には、懐が安全。――ゼクスは大きくないが、リオの体は、もうその動きを覚えていた。


 聖剣が、ゼクスの胸元を斜めに斬り上げる。

 ほんの一拍だけ遅らせた、ザハルで覚えた剣。


 刃が、ゼクスの礼服を裂いた。

 胸元の隠しから、白い栞がひらりとこぼれ落ちる。


 リオが、聖剣を返した。

 落ちていく栞を、刃の先でまっすぐに狙う。


 ――届く。


 聖剣の切っ先が、栞に触れる。


 栞が、光った。


 リオは、大広間の入口に、立っていた。

 聖剣を構えた、最初の姿勢のまま。ゼクスとの距離は、二十歩。


 ゼクスは、大広間の真ん中で、栞を胸元にしまっていた。

 礼服には、裂け目一つない。


「……え?」


 リオが、目を瞬いた。


 何が起きたのか、分からない顔だった。

 でも、聖剣を握る手が、かすかに震えている。体のどこかが、さっきの一撃の手応えを、覚えているのかもしれない。


「おや。惜しかったですね」


 ゼクスが、穏やかに笑った。


「今のは、なかなか良い剣でした。……と言っても、あなたには、何のことか分からないでしょうけれど」


***


 それから、何度も同じことが繰り返された。


 リオが、走る。ボルドが、斧を振る。ミレイユが、炎を放つ。ノエルが、光の壁で三人を守る。


 届く。斬れる。栞に、触れる。

 ――そして、すべてが、なかったことに。


 五回目。十回目。二十回目。


 柱の陰で、俺は、全部を見ていた。全部を、覚えている。


 リオは、毎回、違う攻め方をしていた。

 巻き戻されたことは覚えていないはずなのに、体のどこかで前の失敗を覚えているかのように、少しずつ剣の入り方が変わっていく。


 懐から、背後から、ボルドの斧の陰から。ノエルの光の壁を足場にして、跳び上がって。

 二十三回目には、とうとう、栞を聖剣の切っ先でほんの少しだけ傷つけた。


 栞が、光った。


 リオは、また、大広間の入口に立っている。


「……っ」


 リオの膝が、がくりと崩れた。


 息が、荒い。汗が、顎から滴り落ちている。

 巻き戻されたぶんの戦いはなかったことになっても、疲れだけは、どこかに残っていくのだろうか。


 ボルドも、肩で息をしていた。

 ノエルの光の壁が、ちらちらと揺らいでいる。ミレイユは、杖にすがるようにして立っていた。


「どうしました、勇者くん」


 ゼクスは、少しも疲れていなかった。


 改稿は、使った本人の疲れも、巻き戻すのだ。

 ゼクスだけが、何度戦っても、最初の姿のまま。


「何度でも、書き直せますよ」


 ゼクスは、胸元の栞を、指先で撫でた。


「あなたが何度勝っても、私は、勝たなかったことにします。何度でも。何度でも。……あなたの心が、折れるまで」


 リオは床に膝をついたまま、聖剣の柄を握りしめていた。


 顔を上げない。肩が、小刻みに震えている。


「……なんで」


 かすれた声が、漏れた。


「なんで、届かないんだ……」


 ――届いている。

 二十三回、届いている。お前の剣は、二十三回、あいつの栞に触れた。


 でも、それを覚えているのは、俺だけだ。


 柱の陰で、拳を握りしめていた。


 セレスが、俺の籠手を両手でつかんでいた。

 冷たい指が、震えている。


「……行くのね」


 セレスの声も、震えていた。


 俺は、柱の陰から、一歩、踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。