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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第4章 作者の負け方

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第56話 知っていた人たち

『――リオが、怒ってるわ』


 伝声貝の向こうで、ミレイユが言った。


 夜。港の外れの安宿の部屋。

 俺は窓辺に座り、セレスは床の上で、溶けかけた氷の駒を指先で転がしていた。


『桟橋から戻ってきて、すぐに、私とボルドを部屋に呼んだの。……知ってたんですか、って』


 ミレイユの声は、いつもより、ずっと疲れていた。


『私は、正直に答えたわ。ザハルの闘技場で、あなたの素顔を見たときから知ってた、って。……ボルドも、同じ。ブランシュの少し前から、魔将だって気づいてた、って』


 ミレイユが、息を吐く。


『あの子、黙って聞いてたわ。最後まで、何も言わずに。……それから、言ったの』


 少しの間。


『みんな、知ってたんですね。僕だけが、知らなかったんですね、って』


 窓の外で、灯台の光が、海の上をゆっくりと回っていく。


***


『ノエルは、リオの側についたわ』


 ミレイユは、淡々と続けた。


『ノエルは、本当に何も知らなかったの。時計塔の夜に、あなたが銀色の髪の女と会ってるのを見ただけで。……だから、怒ってる。リオに黙ってた私とボルドに。それから、あなたに』

「……当然だ」

『ボルドは、何て言ったと思う?』


 答えを、待たれている気がする。


「……自分で決めろ、か」

『よく分かったわね』


 ミレイユが、少しだけ笑った。


『自分で決めろ。俺が先に言ったら、お前は自分で決められなくなった。だから言わなかった。……それだけ言って、部屋を出ていったわ』


 ザハルの医務室で、ボルドが言ったこと。

 ――坊主が、自分で気づくまでな。


 あの男は、最後まで、自分の言葉を守った。


『それで、今。パーティは、真っ二つよ』


 ミレイユの声が、硬くなる。


『リオは、一人で渦の底へ行くって言ってる。ゼクスの言ったとおり、先生の手を借りずに。……ノエルは、一緒に行くって。私とボルドには、来なくていいって』


***


『ヴァルガス』


 ミレイユが、俺の名前を呼んだ。


『あなた、答えを出さなかったのね』


 責める声ではなかった。

 ただ、事実を確かめるように。


「……出せなかった」

『どっちでもいいわ。結果は同じだもの』


 ミレイユは、少しだけ間を置いた。


『一つ、教えてあげる。……あの子、部屋で、まだ兜のかけらを握ってるわ』


 息を、呑んだ。


『捨ててない。床に叩きつけもしなかった。ずっと、握ったまま、窓の外の沖を見てる』


 ミレイユの声が、柔らかくなった。


『怒ってるのは、本当よ。でも、それだけじゃない。……あなた、「誰でもよかったわけじゃない」って言ったんでしょう。なのに、その先を言わなかった。それが、いちばん、こたえてるんだと思う』


 桟橋で、リオは言った。

 ――僕じゃなくても、聖剣を持ってる人なら、誰でもよかったんですか。


『あの子が聞きたかったのは、仕組みじゃない。自分が、あなたにとって何だったのか、よ』


 分かっていた。

 分かっていて、言えなかった。


『次に会うときまでに、答えを出しておきなさい。……今度こそ』


 伝声貝の光が、消える。


***


 部屋の中に、しばらく沈黙が落ちた。


 セレスが床の上で、氷の駒を一つ作り直した。

 小さな、少年の形をした駒。腰に、細い剣を下げている。


「……一人で、渦の底へ」


 セレスが、駒を見つめたまま言う。


「ゼクスは、改稿を使うのよね。勝っても勝っても、なかったことにされる」

「ああ」

「あの子一人じゃ、勝てない」

「……ああ」

「でも、あの子は、あなたの手を借りないって言ってる」


 セレスは、少年の駒を模型の海底宮殿の前に置いた。


「どうするの」


 答えは、一つしかなかった。


「……行く」


 セレスが、顔を上げる。


「あの子が、借りないと言っても。……栞を固定するのは、俺にしかできない。あの子が渦の底へ行くなら、俺も行く」

「見つかったら?」

「見つからないように行く。……それでも見つかったら、そのときは、そのときだ」


 セレスはしばらく、俺の顔を見ていた。

 小さく、ため息をつく。


「また、一人で決めたのね」

「……すまん」

「謝らなくていいわ。……今度は、一人じゃないもの」


 セレスは、模型の海底宮殿の周りに小さな氷の泡を一つ作った。

 泡の中に、黒い駒と銀色の駒を並べて入れる。


「泳げないあなたを、渦の底まで連れていけるのは、私だけでしょう」


 口の端が、ほんの少しだけ、上がっている。


***


 夜更けに、窓の外が、ふいに明るくなった。


 灯台の光ではなかった。

 沖のほうから、青白い光が海面を這うように広がってくる。


 窓辺に立って、目を凝らす。


 沖の渦が、大きくなり始めていた。

 昨日までの、家一軒ほどの大きさではない。港の入り江の幅いっぱいに、渦の縁が広がっていく。


 渦の中心の闇から、白い光が漏れている。

 頁をめくるように、ちらちらと明滅しながら。


 ――栞の光だ。


「……ゼクスが、動き出した」


 セレスが、俺の隣に立った。

 青白い光に照らされたその横顔が、硬く引き締まっていく。


 渦の縁で、海面が盛り上がり始めていた。


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