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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第4章 作者の負け方

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第53話 没になった理由

 宿の部屋の床に、セレスが氷で、海底宮殿の模型を作っていた。


 円い屋根に、細い尖塔。回廊の柱の頁の模様まで、正確に。

 一度見ただけで、ここまで覚えているのか。


「器用だな」

「暇だったのよ。あなたが、宮殿から戻って一晩じゅう黙り込んでいたあいだ」


 セレスは、模型から目を上げずに言った。


 昨夜のことは、何も聞いてこなかった。

 でも、たぶん、全部分かっている。この女は、いつも、いちばんよく見ている。


 床の上に置いた伝声貝から、ミレイユの声が聞こえている。


『それで、改稿っていうのは、どういう仕組みなの?』


「栞を挟んだ時点まで、周りの出来事を書き戻す。範囲は、およそ十呼吸前まで。書き戻したことを覚えていられるのは、使った本人だけ」

『使った本人だけ……。でも、あなたは、紅茶がこぼれたのを覚えていたんでしょう?』

「ああ」

『なぜ?』


 それは、俺にも分からなかった。


 ゼクスは、テストで何度も繰り返したから覚えているのだろう、という顔をしていた。

 でも、それだけでは、説明がつかない気がする。


「……分からん。ただ、俺には、効かないのかもしれない」

『効かない、か』


 伝声貝の向こうで、ミレイユが考え込む気配。


『あなた、先のことが夢で見えるって言ったわね。……その前は、どこにいたの』


 一拍、迷った。

 前世のことは、まだ誰にも話していない。


「……ずっと遠いところで、床に寝ていた。目を開けたら、廃砦だった」

『なら、仮説ね』


 ミレイユの声が、少しだけ速くなる。


『改稿は、書き直す力なんでしょう。書き直せるのは、書かれたものだけよ。あなたは、この物語の中で生まれた人じゃない。外から来た』


(寝とった、んやろか。……あの夜)


『もしそうなら、それは使えるわね。少なくとも、あの男が何を書き直したのか、あなたには分かる』

「分かっても、止められなければ意味がない」

『それもそうね』


***


 改稿を止める方法を、思い出そうとしていた。


 発売の一年ほど前、四章のボスの能力が、まるごと差し替えられた。

 もともとの能力が、改稿。差し替えの理由は、確か、不具合が見つかったからだ。


 どんな不具合だったか。


 記憶の底を、探る。

 テストの報告書を書いた夜。会社の床に寝転がって、天井の染みを数えながら、報告の文面を考えていた。


 ――報告番号、四の二百十七。四章ボス「海魔将」の固有能力「改稿」について。


 思い出した。


「……栞だ」


 セレスが、模型から顔を上げた。


「改稿は、栞を起点にして書き戻す。栞の中に、書き戻す先の時点が、記録されているんだ。……つまり、栞の状態そのものが変えられなくなれば、書き戻す先も変えられなくなる」

『どういうこと?』

「栞を、固定する。外から、大きな力で押さえつけて、栞の中身が少しも変わらない状態にする。そうすると、改稿は、書き戻す先を新しく記録できなくなる。書き戻そうとしても、栞が古い時点のまま固まっているから、何も起きない」


 あのときの報告書の、最後の一行を思い出す。


 ――強い魔力を持つ別の存在が、栞に干渉すると、改稿が永久に発動しなくなる。ボスの能力として致命的。仕様の見直しを推奨。


 その報告書が通って、改稿は没になった。


『……つまり、強い魔力で、栞を押さえつければいいのね』

「ああ」

『誰が?』


 答えなかった。


 答える前に、セレスが模型の上の氷の駒を、指先でつまみ上げている。


「強い魔力、って、どれくらいなの」


 セレスの声が、静かだった。


「改稿は、ゼクスの力そのものよ。それを押さえつけて、少しも動かないように固めるなら、魔将一人分の魔力じゃ足りないんじゃないの」

「……」

「あなたの黒鎧の魔力、全部でも、足りるかどうか」


 セレスの青い目が、俺を見た。


 ――全部で、足りる。たぶん。

 テストのときの数値で考えれば、ヴァルガスの黒鎧に溜まった魔力のほぼすべてを注ぎ込めば、栞を固定できる。


 ただし、そのあと黒鎧には、ほとんど何も残らない。


 黒閃も撃てず、氷の巨人も動かせない。ヴァルガスは、ただの大柄な男になる。


「……足りる」


 それだけ言った。


 セレスは、つまみ上げた氷の駒を手のひらの上で転がす。


「それで、あなたはどうなるの」

「……少し、弱くなる」

「少し?」

「……だいぶ」


 ミレイユが、小さく息を呑む音がした。


***


『他に、方法はないの?』


 ミレイユが、硬い声で言った。


「ない。……少なくとも、俺には思いつかん」

『リオは、それを知ってるの?』

「知らない」

『言うつもりは?』

「……ない」


 伝声貝が、しばらく黙る。


『……一つ、聞いていい?』

「なんだ」

『あの子に、まだ何も言えていないのと、今、黒鎧の力を全部捨てるって決めたのと。……あなたの中で、同じ場所から来てる気がするのは、私の気のせい?』


「……気のせいでは、ない」


 理由までは、言わなかった。

 ミレイユも、それ以上は追及しなかった。

 伝声貝の光が消えた。


 部屋の中に、セレスと二人きり。


 セレスは、手のひらの上で溶けかけた氷の駒をじっと見つめていた。

 駒は、少しずつ形を失って、透明な水になっていく。


「……あなた、また一人で何か決めたでしょう」


 セレスが、ぽつりと言った。


「白霧の神殿のときも、そうだった。全部一人で計算して、全部一人で引き受けて。……私が、信じないって言っても、勝手に」

「……」

「今度は、自分の力を全部、捨てるのね。勇者のために」


 セレスが、顔を上げる。


 怒っているようには、見えない。

 ただ、ひどく、寂しそうな顔をしていた。


「あの子に嘘をつき続けてきたことは、書き直せないのに。……力だけは、全部差し出すの」


 手のひらの上で、最後の氷が溶けて消える。


 俺は、窓の外の、沖の渦を見ていた。

 渦の中心の黒い闇は、昨日よりも少しだけ大きくなっている気がした。


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