第52話 【リオ視点】つながる
宿の部屋の床に、全部並べてみた。
ランプの明かりの下で、一つずつ。
ノエルとボルドさんは隣の部屋で眠っていて、ミレイユさんは、たぶん、まだ起きている。壁の向こうから、ときどき本をめくる音がする。
一つ目。黒い金属のかけら。
廃砦の帰り道、岩喰いのトロルが見えない斬撃で真っ二つにされたとき、残骸の上にひらりと落ちてきたもの。
僕が聖剣で割った、魔将の兜のかけら。
二つ目。黒い削りかす。
白霧の神殿で、氷の巨人が砕け散ったあと、氷の山の中から掘り出したもの。
爪の先ほどの大きさしかない。でも、ランプにかざすと、かけらと同じ黒が同じように鈍く光る。
――氷の巨人の中に、黒い鉄でできた何かが、入っていた。
三つ目は、物じゃない。言葉だ。
ザハルの闘技場で、ガルムさんが言った。
ヴァルガスと、同じことをする。
僕の受け流し方を見て。
その受け流し方を教えてくれたのは、先生だ。
何度も、先生に聞こうとした。でも、聞けなかった。先生が何と答えるのかが、怖かったから。
***
四つ目。銀色の髪。
ザハルで、ボルドさんの傷を冷やしてくれた、砂色のフードの旅の人。
布の隙間から、一筋だけ銀色の髪がこぼれていた。
白霧の神殿で氷の巨人を纏う前に、僕に「全力で来なさい」と言った人と、同じ色。
あの人は、氷の巨人と一緒に砕け散ったはずだった。
でも、砕けた氷の山の中から、あの人の体は見つからなかった。
見つかったのは、黒い削りかすだけ。
そして、あの人は、決闘の前に言った。
――あなたの先生が、それを望んでいるから。
あのときは、意味が分からなかった。
氷の魔将が、どうして、僕の先生のことを知っているのか。
***
五つ目。ミレイユさん。
ザハルの闘技場で先生の兜が割れたとき、ミレイユさんは、ずっと先生の顔を見ていた。
僕は力を使い果たして倒れていたから、先生の顔は見ていない。目を覚ましたときには、もう布が巻かれていた。
でも、ミレイユさんの顔は、覚えている。
何かを、確かめ終えたような顔をしていた。
それから、ミレイユさんは先生のことを、黒騎士さんと呼ばずに、あの人、と呼ぶようになった。
六つ目。ボルドさん。
ボルドさんは、先生のことを、何も言わない。
怪しいとも、信じられるとも。ブランシュで初めて会ったときから、ずっと。
でも、ボルドさんは、昔、兵士だった。魔王軍と戦ったことがあると言っていた。
ボルドさんが何も言わないのは、何も知らないからじゃない気がする。
***
七つ目。先生の、教え方。
――重心が踵に乗っておるわ! 剣とは、足で振るものと知れ!
廃砦で、魔将が怒鳴った言葉。
僕に、生まれて初めて、剣の振り方を教えてくれた言葉。
――右の肘だ。振り下ろす瞬間に、右の肘が外に開く。
ブランシュの河原で、先生が教えてくれた言葉。
どっちも、まず、僕の足元を見てから言った。
重心がどこにあるのか、真っ先に確かめてから。
怒鳴り方は、違った。でも、見ている場所は、同じ。
***
並べ終えて、床に座ったまま、しばらく動けなかった。
ランプの炎が、小さく揺れている。
分かっていた。
本当は、もっと前から。たぶん、白霧の神殿で、黒い削りかすを拾ったときから。
分かっていて、つなげないようにしていた。
つなげてしまったら、先生が、先生じゃなくなる気がしたから。
先生は、廃砦の魔将だ。
僕が兜を割った、黒鎧のヴァルガス。
――違う。順番が、逆だ。
廃砦の魔将が、僕の先生だったんだ。
最初から。あの日、震えている僕に、怒鳴りながら剣の振り方を教えてくれたときから。
膝を抱える。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか、分からなかった。
ヒュドラを倒したのは、僕の剣じゃない。
氷の巨人の中にいたのは、先生だった。たぶん、氷の魔将の代わりに、わざと僕に負けるために。
僕が勇者として褒められてきたことの、半分以上は、先生がくれたものだった。
――じゃあ、僕は、何なんだろう。
***
壁の向こうで、本をめくる音が止まった。
しばらくして、部屋の扉が、小さく叩かれる。
「……リオ。起きてるの?」
ミレイユさんの声。
「起きてます」
「入っていい?」
「……今は、一人でいたいです」
扉の向こうで、少しだけ沈黙があった。
「そう。……一つだけ、言っておくわ」
ミレイユさんの声は、いつもより、ずっと柔らかかった。
「あなたが今、並べているもの。全部、本物よ。あなたの目は、間違ってない」
「……」
「でも、それを並べて、どう読むかは、あなたが決めることよ。私でも、ボルドでもなく」
足音が、遠ざかっていく。
床の上の、黒いかけらと、黒い削りかす。
ランプの明かりの中で、二つは同じように鈍く光っていた。
僕は、それを両手ですくい上げて、握りしめた。
――明日、聞こう。
先生の口から。
ずっと、聞かないふりをしてきたけれど。
ちゃんと、僕の口から聞こう。
あなたは、ヴァルガスなんですか、って。
ランプの火を吹き消した。
暗闇の中で、握りしめた手のひらだけが、少しだけ温かかった。




