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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

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第49話 四番目の中ボス

 ザハルを発つ朝、ガルムが宮殿の門まで見送りに出てきた。


 獣王の牙の首飾りは、もう首にかかっていなかった。

 代わりに、折れた牙の片割れが一本、革紐で首から下がっている。


「民に、残すことにした」


 ガルムは、もう片方の牙を手のひらに載せて、俺に見せた。


「折れた牙の片方は、我が持つ。もう片方は、宮殿の玉座の上に飾る。……獣王が、負けを認めた証としてな」


 ガルムは、牙を懐にしまった。


「我は、しばらく砂漠の奥へ行く。獣に堕ちた体を、元に戻さねばならん。……それに、民の前で、少し恥ずかしい」


 獅子の顔が、照れくさそうに歪んだ。


 ――原作どおりだ。負けを認めて、砂漠の奥へ去っていく。五魔将で唯一、生き残る魔将。


 ただ、原作のガルムは、こんなふうに笑わなかった。


「ヴァルガス」

「なんだ」

「魔王様に、伝えてくれ。……ガルムは、獣にならずに済んだ、と」


 ガルムは、大きな手を差し出した。


 握り返す。重くて温かい、砂でざらついた手だった。


***


 魔王城に戻ったのは、その二日後だった。


 セレスは、没座標の森でボツから降りる。

 リュシーが森の入口で待ちかまえていて、姉の腰に飛びついた。ギギが、その後ろで、丸眼鏡を外しては袖でこすっていた。


「おかえりなさいませ、ヴァルガス様……! ガルム様は、ご無事で……!」

「無事だ」

「よ、よかった……! ギギは、ギギは……!」

「泣くな」

「は、はい……!」


 泣き止まない。


***


 玉座の間で、帳の前に片膝をついた。


 ゼクスの姿は、柱の横になかった。

 玉座の間には、俺と、帳の奥の気配だけ。


「報告せよ」

「は」


 俺は、報告した。大闘技祭で、獣王ガルムと聖剣の勇者が決闘したこと。

 ガルムが、決闘の途中で理性を失い、獣に変じたこと。それを止めたのは、勇者とその仲間と、名も知らぬ傭兵。


 正気に戻ったガルムが、民の前で負けを認め、獣王の牙を勇者に折らせたこと。

 ガルムは生きて、砂漠の奥へ去ったこと。


「ガルム殿から、伝言がございます」

「申せ」

「ガルムは、獣にならずに済んだ、と」


 帳の奥は、しばらく静かだった。


 それから、ほんの小さな声が聞こえた。


「……そうか」


 帳が、かすかに揺れる。


「友を、救ったな。ヴァルガス」


 息を、呑んだ。


 ――友を、救ったな。


 俺が何をしたのか、名も知らぬ傭兵が誰なのか、魔王は知っているのだろうか。


「……ヴァルガス。いずれ、勇者は、我の前に立つ」


 帳の奥の声が、少しだけ低くなった。


「そのとき、我を斬った者が、どう――」


 声が、途切れた。

 帳の向こうで、衣擦れの音が一つだけ聞こえる。


「……いや。よい。下がれ」


 我を斬った者が、どうなるか。

 その続きを、帳の奥の声はとうとう口にしなかった。原作の魔王は、勇者に倒されて、それで終わりだ。その先のことは、一行も描かれていない。


***


 玉座の間を出ると、廊下の柱の陰で、ギギが帳面を抱えて待っていた。


「ヴァ、ヴァルガス様……! お耳に入れておかねばならぬことが……!」


 ギギは帳面をめくって、震える指で一行をなぞる。


「五魔将、四番手。……海魔将、ゼクス殿」

「……何?」

「ヴァルガス様がザハルにおられるあいだに、参謀殿が、魔王様から四番手の御席をお許しいただいたそうでございます。席次を、そう書き換えておくようにと……」


 五魔将の四番手。誰も顔を知らない、空いたままの席。

 原作の四章の舞台は、南の海の都。ボスは、海魔将だ。


「参謀殿は、今朝早く、南へ発たれました」


 ギギが、帳面を胸に抱きしめた。


「ヴァルガス様への言伝は、ないそうで……」


 ――言伝が、ない。


 これまでは、いつも、わざわざ顔を見せに来た。耳打ちをして、手紙を置いて、肩を叩いて。

 あの男が、今度は何も言わずに出ていった。


 中ボスが負けなければ、封印は解けない。封印が解けなければ、勇者は魔王の前に立てない。

 その中ボスの席に、作者が自分で座ったのだ。


 ――中ボスが、負けてくれない。

 三章のガルムと、同じだ。


 いや、違う。


 ガルムは、本当は、負けを認められる男だった。楔を断てば、戻ってこられた。

 ゼクスには、断つべき楔がない。あの男は、自分の意思で、負けないと決めている。


(……負けを認めへん作者を、どうやって負けさせるんや)


 懐の伝声貝が、かすかに震えた。


 耳に当てると、聞こえてきたのはセレスの声ではなかった。

 涼しい、少しだけ皮肉の混じった声。


『――聞こえる? ヴァルガス』


 ミレイユだった。


 ザハルを発つ前、取引のしるしに、伝声貝を一つ預けておいたのだ。ギギが魔王城の倉庫から、予備の一組をボツに持たせて送ってよこしていた。

 隣で、ギギが誇らしげに帳面の在庫の欄を指でとんとんと叩いている。


『リオたちが、次の目的地を決めたわ。聖剣が、第四の封印の場所を教えてくれたって』


 ミレイユは、間を置いた。


『南の海の都、マリネラ。……どうしたの? 急に黙って』


 伝声貝の向こうで、波の音が聞こえた気がした。


(第3章 獣王の負け方 完)


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