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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

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第41話 三歩の内側

 決闘の前夜、宿の酒蔵で作戦を立てた。


 樽の上に、セレスが氷で作った闘技場の模型が置かれている。

 すり鉢状の観客席。真ん中の、砂の舞台。手のひらほどの大きさなのに、観客席の段の数まで正確だった。


「器用だな」

「暇だったの。この暑さで、ほかに何もできなかったから」


 セレスは、模型の観客席の一角に小さな氷の粒をいくつか置いた。


「ここが、獣王の席。ここが、魔王軍の見届け役の席。……ゼクスが来るとしたら、たぶん、ここ」


 舞台をはさんで、獣王の席の反対側。

 観客席の最上段の、柱の陰になった一角だった。


「ゼクスは、来るのか」

「来るわ。あの男、自分の書いた山場は、必ず自分の目で見たがるもの。リュシーのときも、そうだった」


 セレスの声が、硬くなった。


***


 作戦は、こうだ。


 決闘が始まる。

 リオとガルムが、正々堂々と戦う。ここまでは、原作どおり。


 ガルムが、負けそうになる。

 そのとき、ガルムの体の中で育った楔が目を覚ます。ガルムは理性を失い、巨大な獣に変じる。


 ――ここからが、原作にない場面だ。


「獣になったガルムを、聖域の中に入れる」


 俺は、模型の舞台の真ん中に小さな氷の剣を一本、突き立てた。


「勇者が、聖剣を砂に突き立てる。聖域の範囲は、そこから三歩。その中に、ガルムを誘い込む。中に入れば、楔の働きが鈍る。ガルムの動きも、遅くなる」

「誰が、誘い込むの」

「俺だ」


 セレスが、俺を見る。


「黒騎士の姿で、舞台に降りる。ガルムを引きつけて、三歩の内側まで連れていく。そして、楔の動きが鈍ったところで、真ん中の一本を、黒閃で断つ」

「……リュシーのときと、同じ」

「同じだ。ただし、今度は、相手が動く」


 模型の上で、氷の剣の周りに、指で小さな円を描いた。


「三歩の内側でなら、狙える。……たぶん」


 セレスは、模型を見つめていた。


「私は、何をすればいいの」

「観客を守ってくれ」


 模型の観客席と舞台のあいだの、低い石の壁を指さす。


「この壁は、獣になったガルムには、何の役にも立たない。暴れたガルムが観客席に向かったら、何千人も巻き込まれる。舞台の縁に、氷の壁を立ててほしい」

「この暑さの中で?」

「……ああ」

「闘技場は、屋根がないのよ。真昼の太陽の下で、何千人を守れる壁を、どれだけ保てるか」


 セレスは、自分の手のひらを見下ろした。

 指先から、冷気が細く頼りなく立ちのぼっている。


「……やってみるわ。でも、長くは持たない」

「長くなくていい。俺が、早く終わらせる」


***


 酒蔵を出て、宿の屋根の上に登った。


 砂漠の夜空が、頭の上いっぱいに広がっている。

 遠くの都の真ん中に、大闘技場の黒い影が見えた。明日の正午、あそこで、すべてが決まる。


 懐の伝声貝が、かすかに震えた。


『――ヴァルガス様』


 ギギだった。

 声が、いつもより小さい。夜中だから、気を遣っているのだろう。


『定時のご報告でございます。没座標の森は、変わりなく。リュシー様は、もうお休みになりました』

「そうか」

『それと、その……リュシー様から、ご伝言を、お預かりしております』


 ギギが、こほん、と咳払いをした。


『「お姉ちゃんと、あったかい人へ。ガルムのおじさんを、助けてあげて」……とのことでございます』


 ――ガルムのおじさん。


「リュシーは、ガルムを知っているのか」

『はい。小さいころ、セレス様に連れられて、魔王城の中庭で、ガルム様に肩車をしてもらったことがあると。……大きくて、毛がもじゃもじゃで、ちょっと怖かったけど、優しかったと、申しておりました』


 中庭で、柱を四本折るまで、律儀に拳の癖を直していた獅子。

 小さな女の子を、肩車していたのか。


『それと、ギギからも、一つだけ』

「なんだ」

『……ギギは、昔、ガルム様の配下の獣人に、いじめられていたことがございまして』


 ギギの声が、少しだけ揺れた。


『そのとき、ガルム様が、配下を叱ってくださいました。弱い者を虐げる者は、獣王の配下にふさわしくない、と。……ギギは、それきり、いじめられなくなりました』

「……」

『ガルム様は、お怖い方です。でも、獣ではございません。……どうか』


 ギギは、そこで言葉を切る。


『どうか、お気をつけて、ヴァルガス様』


 伝声貝の光が、ふっと消えた。


 夜空を見上げると、雪の国で見たのと同じくらい、たくさんの星が出ていた。


(……みんな、ガルムを助けてほしいんやな)


 魔王も、リュシーも、ギギも。

 そして、たぶん、あの獅子自身も。


 ガルムは、負けられないと思っている。

 魔王軍の誇りのために。魔王を守るために。


 でも、本当は――。


***


 宿の屋根の端に、もう一つの人影が座っていた。


 金髪の少年だった。

 膝の上に聖剣を置いて、じっと大闘技場の影を見つめている。


(……また、眠れへんのか)


 白霧の神殿の前夜も、こうだった。


 声をかけずに、俺は少し離れた場所に腰を下ろす。

 リオは俺に気づいて、驚いた顔をしてから、小さく笑った。


「先生も、眠れないんですか」

「……星を見に来ただけだ」

「そうですか」


 しばらく、二人で黙って、星を見ていた。


「先生」

「なんだ」

「明日、ガルムさんが負けそうになったら……どうなるんでしょう」


 リオは、大闘技場の影を見つめたまま言う。


「ミレイユさんが、言ってたんです。獣王の決闘は、負けを認めることまで含めて一つの儀式だって。だから、ガルムさんは、負けたら、ちゃんと負けを認める人なんだろうなって」

「……」

「でも、今日、先生が言ってた。悔しいのと、認めるのは、違うって。……ガルムさんは、魔王軍のために、負けられないって思ってるんですよね。そういう人が、負けを認めるのって、すごく難しいんじゃないかなって」


 この子は、本当に、よく見ている。


「もし、ガルムさんが、負けを認められなかったら」


 リオは、膝の上の聖剣をぎゅっと握った。


「僕は、どうすればいいんですか」


 答えを、少しだけ探した。


 全部は、話せない。

 楔のことも、獣になることも。話せば、なぜ黒騎士がそこまで知っているのか、という話になる。


「……そのときは、聖剣を、砂に突き立てろ」


 リオが、こちらを見た。


「ミレイユから、聞いているだろう。聖域のことは」

「は、はい。魔力の働きを、遅らせるって」

「何かが起きたら、迷わず突き立てろ。そして、そこから動くな。三歩の内側を、守れ」

「……三歩の、内側」

「あとは、俺が何とかする」


 リオは、しばらく俺の鉄兜を見つめていた。


 何かを聞きたそうな顔。

 なぜ、何かが起きると思うのか。なぜ、黒騎士が何とかできるのか。


 でも、リオは、何も聞かなかった。


「……分かりました」


 代わりに、そう言って、うなずいた。


「三歩の内側を、守ります」


 大闘技場の向こうの空が、白み始めている。


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