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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

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第40話 勇者の負け方

 決闘の二日前、リオが負けた。


 大闘技場の裏手には、獣人の戦士たちが稽古に使う小さな砂の広場がある。

 昼過ぎ、そこでリオは獣人の若い戦士と、練習試合をしていた。


 俺は広場の外の日陰から、それを見ていた。


 相手は、豹の獣人。背丈はリオと同じくらい。細身で、手には木の短剣を二本。闘技祭の予選に出る、まだ見習いの戦士だという。


「勇者様と手合わせできるなんて、光栄です!」


 豹の少年は目を輝かせて頭を下げ、リオも、照れくさそうに頭を下げ返した。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 リオは、木剣を構えた。

 足で砂を固め、重心を前に、脇を締める。雪原の稽古で教えた、そのままの構えだ。


 ――そして、その構えには、余裕があった。


 白霧の神殿で氷の魔将を倒し、ブランシュでは、町を救った勇者と呼ばれた。


 この少年は、今、自分が強いと思っている。

 見習いの戦士になど、負けるはずがないと。


(……あかんな)


 試合が、始まった。


 豹の少年が、跳んだ。

 速い。砂を蹴る音が、ほとんど聞こえない。


 リオは、木剣を振った。

 まっすぐに。脇を締めて。――でも、そこにはもう、相手はいなかった。


 豹の少年は、リオの剣の外側をするりと回り込んでいた。

 木の短剣が、リオの脇腹を軽く叩く。


「一本!」


 審判役の獣人が、声を上げた。


 リオが、目を瞬いた。

 何が起きたのか、分からない顔をしている。


「も、もう一本、お願いします!」


 二本目も、同じだった。

 三本目も、四本目も。


 リオの剣は、まっすぐに振られる。

 まっすぐに振られるから、豹の少年にはどこに来るか、全部読まれていた。


 ――大きな相手には、懐が安全。

 小さくて速い相手には、まっすぐな剣は当たらない。


 リオは、まだそこまでは知らなかった。

 俺が、教えていなかったからだ。


 十本目で、リオの木剣が手から弾き飛ばされた。

 砂の上に、尻もちをつく。


 広場が、静まり返った。


 豹の少年が、困ったような顔でリオを見下ろしている。


「あ、あの……勇者様、大丈夫ですか?」

「……大丈夫です」


 リオは砂の上に座ったまま、うつむいていた。


「ありがとう、ございました」


 声が、震えている。


***


 広場から誰もいなくなっても、リオは砂の上に座り込んだままだった。


 俺は日陰から出て、リオの前に立った。

 リオは、顔を上げない。


「……見てたんですか、先生」

「ああ」

「かっこ悪いところ、見られちゃいましたね」


 リオは、膝を抱えた。


「僕、強くなったと思ってたんです。ブランシュでヒュドラを倒して、雪の国で氷の魔将を倒して。だから、見習いの人になんて、負けるはずないって」

「……」

「でも、全然、駄目でした。一本も、取れなかった」


 ヒュドラを倒したのは、半分以上、俺だ。

 氷の魔将の巨人を動かしていたのも、俺だ。


 それを、この子は知らない。

 知らないまま、自分の力だと思っている。


(……俺のせいか)


 勝たせすぎた。

 勝ったと思わせることに、夢中になりすぎた。


 テストで、ボスの難易度を下げすぎるとプレイヤーは成長しない。

 そういう報告を、何度も書いたはずなのに。


「小僧」

「……はい」

「負けを、認めろ」


 リオが、ようやく顔を上げた。

 目の縁が、赤くなっていた。


「お前は、今日、負けた。十本とも。それを、認めろ」

「……認めて、ます。だから、悔しくて」

「悔しいのと、認めるのは、違う」


 俺は、リオの前にしゃがみ込んだ。

 鉄兜の高さが、リオの目と同じになる。


「悔しいだけなら、相手が強すぎた、運が悪かった、調子が悪かった、と思えば済む。それは、負けを認めていない。……認めるというのは、自分のどこが駄目だったのかを、自分の目で見ることだ」


 リオは、黙って聞いている。


「お前の剣は、まっすぐだった。それは、いいことだ。だが、まっすぐすぎて、相手に全部読まれていた。速い相手には、それでは当たらない。……今日、お前が負けた理由は、それだけだ」

「……まっすぐ、すぎた」

「そうだ」

「じゃあ、どうすれば」

「それは、次に教える。……負けを認めた者だけが、次に勝てる」


 ガルムの師の言葉を、少しだけ借りた。


 リオは、しばらく自分の手のひらを見つめてから、袖でごしごしと目元を拭った。


 砂の上に転がっていた木剣を、拾い上げる。


「先生」

「なんだ」

「もう一回、さっきの人と、やってきます」


 リオは、立ち上がった。

 足で砂を固めて、木剣を構える。


「今度は、負けるところを、ちゃんと見てきます。どこが駄目なのか」


(……ええ顔や)


 ブランシュの河原で、まっすぐ振れたと泣いた顔とは、違った。

 負けて、それでも、もう一度立ち上がる顔。


 リオは広場の外に走っていって、帰りかけていた豹の少年を呼び止めた。

 少年は驚いた顔をしてから、嬉しそうに木の短剣を構え直す。


***


 夕暮れまでに、リオは、二十本負けた。


 そして、二十一本目で、初めて一本取った。

 豹の少年の短剣を、まっすぐではなくほんの少しだけ遅らせた剣で、迎え撃って。


「一本!」


 審判役の声に、リオはぽかんと口を開けた。

 それから、砂の上に大の字に倒れ込んだ。


「……取れた」


 夕焼けの空を見上げて、リオは笑っていた。


 豹の少年が駆け寄ってきて、リオの手を引っぱり起こした。

 二人で砂だらけの顔を見合わせて、笑い合っている。


 広場の外の日陰で、俺は、それを見ていた。


 ふと、隣に人の気配がした。

 三つ編みの金色の髪。翡翠色の目。いつの間にか、ミレイユが、俺の隣で腕を組んで立っていた。


「……二十本、負けさせたのね」

「俺は、何もしていない。あいつが、自分で負けた」

「ふうん」


 ミレイユは、広場のリオを見つめていた。


「いい先生ね。負け方を、教えるなんて」


 皮肉なのか、本気なのか、分からない声。


 夕日の中を、リオがこちらへ駆けてくる。

 砂だらけの顔で、手を振りながら。


「先生! 見ててくれましたか! 一本、取れました!」

「見ていた」

「先生も、負けたことって、あるんですか?」


 リオは息を弾ませながら、無邪気に聞いてきた。


 少し、考える。


 廃砦で、兜を割られた。

 白霧の神殿で、巨人ごと砕かれた。

 テストの仕事では、ボスの代わりに何千回、何万回とプレイヤーに倒されるのを見てきた。


「……数えきれないくらいな」


 リオが、目を丸くする。

 ミレイユが、隣で小さく吹き出した。


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