↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/71

第39話 聖域

「――飲ませることは、できるわ」


 宿の酒蔵で、セレスは膝を抱えて座っていた。

 夜明け前の、いちばん冷える時間。それでも、彼女の顔色は悪かった。


「呪印は、刻むものだと思われているけれど、本当は、楔を体の中に打ち込めればいいの。ゼクスが、リュシーの首に刻んだのは、それがいちばん確実だから。……でも、時間をかければ、飲み物に溶かして、少しずつ体の中で楔の形に育てることもできる」

「育つのに、どれくらいかかる」

「ひと月、くらい」


 ガルムが葬式の宴で酒を飲んだのは、半月前だ。


「……決闘の日には、もう育ちきっている」

「たぶん」


 セレスは、膝の上で拳を握りしめた。


「楔が育ちきれば、ゼクスの意思一つで、いつでも目を覚ます。……それに、リュシーのときと違って、体の中で育った楔は、宿主の感情に反応するの。怒りや、焦りや、負けたくないという気持ちに」

「負けそうになったとき、か」

「ええ。ガルムが負けを認められないと思った瞬間に、楔は勝手に目を覚ます。ゼクスが、何もしなくても」


 ――負けを認められぬ者は、獣に堕ちる。


 ガルムの師の教えを、ゼクスは文字どおりの呪いに変えたのだ。


(悪趣味にも、ほどがある)


***


 止める方法は、一つしか思いつかなかった。


 白霧の神殿の地下で、リュシーの呪印を断ったときと同じだ。

 三本の楔のうち、真ん中の一本だけを黒閃で断ち切る。


 ――ただし、リュシーは氷の中で動かなかった。

 ガルムは、動く。それも、楔が目を覚ましたあとなら、理性を失った獣として。


 熊ほどの巨体が、闘技場の砂の上を暴れ回る。

 その首の後ろの、髪の毛ほどの細さの楔を、千分の一の黒閃で正確に断つ。


(……テストで言うたら、動き回るボスの、一ドットだけの当たり判定を狙うようなもんや)


 しかも、観客席には何千人もの獣人がいる。


「……セレス。少し、出てくる」

「どこへ」

「勇者のところだ」


***


 朝の光の中、リオたちの宿の裏庭に行くと、そこにはミレイユしかいなかった。


 裏庭の真ん中に、聖剣が砂に突き立てられていた。

 ミレイユが、その周りを杖の先の水晶の玉をかざしながら、ゆっくりと歩いている。


「あら、黒騎士さん。早いのね」

「……勇者は」

「ノエルとボルドと一緒に、朝の市場へ。私は、留守番ついでに、聖剣を借りて調べているの」


 ミレイユは、水晶の玉を聖剣の周りの砂にかざした。


「ちょうどいいわ。見てて」


 ミレイユは、杖の先から小さな火の玉を一つ、作り出した。

 それを聖剣のすぐ横の砂に向けて、ふっと放つ。


 火の玉は、聖剣の周り、ひと抱えほどの範囲に入った瞬間――ゆっくりになった。


 まるで、蜂蜜の中を進むように。

 火の玉は、のろのろと砂の上を這い進んで、聖剣の柄に触れる前にふっと消えた。


「……今のは」

「聖域、と呼ぶことにしたわ」


 ミレイユは、杖を下ろす。


「リオから聞いたの。白霧の神殿で、氷の魔将の氷の槍に囲まれたとき、聖剣を床に突き立てたら、自分の周りだけ、氷が生まれるのが遅れたって。本人は、なんでそうなったのか、分からないって言ってた」

「……」

「調べてみたら、理由はすぐ分かったわ。聖剣の第二の封印が解けたからよ」


 ミレイユは、聖剣の刃にそっと指を触れた。


「第一の封印が解けたとき、聖剣は、持ち主の剣を強くする力を得た。第二の封印が解けたとき、聖剣は、周りの魔力の働きを遅らせる力を得た。突き立てた場所を中心に、ひと抱えほどの範囲で」

「三つ目から、先は?」

「古い文献にも、書かれていないの。ただ、五つ目の欄にだけ、一語。『断つ』、と」


 ――断つ。

 白霧の神殿の地下で、リュシーの楔に黒閃を通したときのあの感触が、指によみがえった。


 ――原作の、聖剣の成長システムだ。


 封印が一つ解けるごとに、聖剣に新しい技が追加される。

 二つ目は、確か、敵の魔法の詠唱を遅らせる補助技だった。ゲームの中では、地味な技としてあまり使われなかった。


 でも、この世界では、使い方しだいで。


「魔力の働きを、遅らせる……」

「ええ。魔法の発動も、魔力の流れも、全部」


 ミレイユは、翡翠色の目で俺を見た。


「――たとえば、体の中に打ち込まれた、呪いの楔の働きも、ね」


 息が、止まった。


 ミレイユは、何でもないことのように続ける。


「三本の線の呪印。魔力の楔で、命を縛る呪い。古い文献に、少しだけ記述があったわ。楔は、魔力で動いている。だから、聖域の中に入れば、楔の働きも、のろのろになる」

「……なぜ、俺にそれを言う」

「あなたが、知りたそうな顔をしていたから」


 ミレイユは、くすりと笑った。


「兜で、顔は見えないけれどね」


***


 ミレイユは、聖剣を砂から引き抜いた。

 刃についた砂を、布で丁寧に拭う。


「ところで、黒騎士さん」


 声の調子が、少しだけ変わった。


「私、魔王軍の魔将の記録を、ずっと研究していたの。百年前の記録から、最近の記録まで。どの魔将が、どんな技を使い、どんな魔力を持っていたか」


 布で刃を拭う手が、止まらない。


「ブランシュの夜、ヒュドラを両断した、黒い三日月の斬撃。リオから聞いた話と、町の人たちの話を、つなぎ合わせてみたの」

「……」

「記録の中に、一つだけ、よく似た技があったわ。百年以上前から、黒鎧の魔将ヴァルガスが使えると言われていた技。でも、誰も、実際に使うところを見たことがない技」


 ――没技、黒閃。


 この世界でも、伝説だけが残っていたのか。


「それと、あなたの鎧の魔力の質。廃砦で、勇者に兜を割られたっていう、黒鎧の魔将の記録と、ぴったり一致するのよ」


 ミレイユは、刃を拭い終えた聖剣を鞘に収めると、俺の鉄兜の隙間を見つめた。


 裏庭に、朝の砂漠の風が吹き抜けていった。


 逃げるか。

 否定するか。


 どちらも、この女には通じない気がする。


「……それで、どうする」


 俺は、それだけ言った。


「勇者に、言うか」

「言わないわ」


 ミレイユは、あっさりと言った。


「少なくとも、決闘が終わるまでは。……黙っていてあげる」

「……なぜだ」

「だって、あなた、リオを守っているもの」


 ミレイユは、杖を肩に担いだ。


「ブランシュでも、雪の国でも。理由は分からないけど、黒鎧の魔将が、聖剣の勇者を守っている。賢者として、こんなに面白い研究対象はないわ。……決闘のあと、ゆっくり聞かせてもらう」


 ミレイユは、裏庭の出口へ歩き出した。

 三つ編みが、背中で揺れる。


「ああ、それと」


 振り返らずに、言った。


「聖域の範囲は、ひと抱えほど。リオが聖剣を突き立てた場所から、半径で三歩くらいよ。……何かを狙うなら、その中で狙うことね」


 裏庭に、俺一人が残される。


(……あの賢者、何手先まで読んどるんや)


 原作では、ただの頼もしい仲間だった。

 味方にしても、敵にしても、厄介な女だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。