第4話 死者の任務
葬式は、そのまま宴会になった。
魔物という生き物は、悲しみの切り替えが早い。
さっきまで泣いていたオークたちが、俺の肖像画の前で骨付き肉を回し始めている。黒いリボンには、誰かが酒をこぼしていた。
「ヴァルガス様の生還を祝して!」
「祝して!」
「素振りの再開を祝して……」
最後のやつは、葬式のときから同じ声だった。
振り向くと、小柄なゴブリンが一匹、杯を両手で抱えて肩を落としている。
尖った耳に、ずれた丸眼鏡。腰には帳面と羽ペン。
「……お前、名は」
「ギ、ギギでございます! ヴァルガス様の副官を、三年務めております!」
副官。原作では、名前どころか立ち絵すらなかったはずだ。
この世界は、ゲームの画面に映らなかった部分まで、ちゃんと続いているらしい。
「素振りは、嫌か」
「い、いいえ! とんでもない! ただ、その、千回を過ぎたあたりから、腕が自分のものではなくなる感覚がございまして……」
正直なやつだ。
「ならば、九百回にしてやろう」
「…………」
ギギは丸眼鏡の奥で、しばらく固まっていた。
それから、震える声で言った。
「ヴァルガス様が……お慈悲を……」
「百回減らしただけだ」
「死の淵からお戻りになって、お心まで変わられたのでは……!」
変わったのは、中身ごとだ。
とは言えないので、俺は黙って杯を傾けた。
***
「――黒鎧のヴァルガス。玉座の間へ」
宴の喧噪を割って、冷たい声が響いたのは、それからすぐのことだった。
呼びに来たのは、首のない騎士だ。脇に抱えた兜の中から、声がしている。
大広間が、しんと静まり返った。
魔王が、魔将を一人だけ呼び出す。原作では、処刑か、特別な任務のどちらかを意味していた。
(……どっちや)
ギギが、俺の籠手の端をそっとつまんだ。
小さな手が、震えている。
「行ってくる。肉は残しておけ」
「は、はいっ! 一番いいところを、取っておきます!」
玉座の間は、大広間の奥にある。
黒い石の床に、黒い柱が並び、一番奥に分厚い帳が下りている。帳の向こうに、魔王が座っているはずだ。
原作の魔王ノクスは、最終章になるまで姿を見せない。
テストプレイでも、立ち絵は最後まで黒い影のままだった。開発チームの中でさえ、デザインが決まったのは発売の半年前だ。
俺は帳の前で片膝をついた。
「黒鎧のヴァルガス、参上いたしました」
「……生きていたか」
帳の奥から聞こえたのは、思っていたよりずっと若い声。
そして、ひどく疲れていた。
「聖剣に兜を割られて、戻ってきた魔将は、お前が初めてだ」
「恥を晒しました」
「恥か。……ならば、その恥で働け」
帳が、わずかに揺れる。
「お前は死んだことになっている。勇者も、人間どもも、そう思っている。死人は、どこへでも行ける。誰にも警戒されずにな」
「……は」
「勇者を見張れ。どこへ行き、何を見て、どう強くなるか。すべて報告せよ」
(――え、待って。それ、願ったり叶ったりなんやけど)
勇者のそばにいる、正式な理由ができた。
しかも魔王の命令だ。監視役のスケルトンに見られても、言い訳が立つ。
顔に出そうになるのを、必死にこらえる。
ヴァルガスは尊大な魔将。命令を受けても、ありがたがってはいけない。
「勇者ごとき小僧の見張りなど、我には役不足ではございますが……謹んで、お受けいたします」
「役不足、か」
帳の奥で、小さく息が漏れた。
笑ったのか、ため息だったのか、分からない。
「ゼクス」
「――はい、魔王様」
柱の陰から、あの参謀が音もなく現れた。
いつからそこにいたのか、まるで気配がなかった。
「お前は、勇者の向かう町の工作を進めよ。手段は任せる」
「仰せのままに」
ゼクスは優雅に一礼してから、ちらりと俺を見た。
片眼鏡の奥で、目が細くなる。
「勇者くんの見張り、よろしくお願いしますね、ヴァルガス殿。私は、町のほうで少し"準備"をしておきますので」
(町の工作。……次の街で死んでもらう、って言うてたやつか)
魔王は、勇者を見張れと言った。
ゼクスには、町を任せた。
魔王が、ゼクスの企みを知っているのかどうか。
帳の奥の声からは、何も読み取れない。
「下がれ」
短い一言で、謁見は終わった。
***
自室に戻ると、ギギが骨付き肉を山盛りにした皿を抱えて待っていた。
「おかえりなさいませ! 処刑ではございませんでしたか!」
「声が大きい」
「し、失礼いたしました!」
肉をかじりながら、頭の中で地図を開く。
勇者が次に向かうのは、川沿いの町ブランシュ。原作では、灯籠祭りのイベントが起きる町だ。
廃砦からブランシュまでは、徒歩で四日。魔王城からだと、山脈を二つ越えた先になる。
「ギギ。我の転移の札は、まだ残っているか」
「転移の札でございますか? あれは参謀殿の工房でしか作れぬ品でして……先日、ヴァルガス様が最後の二枚をお持ちになったきりかと」
最後の二枚。
一枚は廃砦からの脱出で、もう一枚は、ここに戻るのに使ってしまった。
(つまり、ゼクスに頭を下げん限り、札はもう手に入らん)
それは、絶対に避けたい。
「馬は」
「魔王城の馬は、山脈を越えられませぬ」
「では、空を行く手段は」
ギギは帳面をめくり、羽ペンの先で、ある行を指した。
「厩舎の一番奥に、飛竜が一頭おりますが……」
「おるのか」
「おるにはおるのですが、誰も乗れたためしがございませぬ。名前もなく、いつからいるのかも分からず、帳面には『用途不明』とだけ」
用途不明の、名前のない飛竜。
嫌な予感と、少しの期待が、同時にこみ上げてきた。
開発の初期、このゲームには、空を飛ぶ乗り物の機能があった。処理が重すぎて、発売の一年前に丸ごと削られた機能だ。
その乗り物の名前は、決まらないまま没になった。




