↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/82

第36話 大闘技祭の布告

 翌朝、都じゅうに太鼓が鳴り響いた。


 どん、どん、どどん。

 砂色の家々の屋根の上で、獣人の若者たちが大きな太鼓を打ち鳴らしている。


 宿の窓から見下ろすと、大通りを豹の尾の伝令が駆けていくところだった。

 手に持った布の旗を、高く掲げて。


「――大闘技祭、三日後に開催!」


 伝令の声が、通りに響いた。


「獣王ガルム様、聖剣の勇者リオに、一騎打ちの決闘を申し込まれた! 勇者は、これを受けた!」


 通りに出ていた獣人たちが、一斉に歓声を上げた。

 太鼓の音が、さらに大きくなる。


(受けたか)


 予想どおりだ。

 リオなら、受ける。原作でも、受けた。


 宿の地下の酒蔵に降りると、セレスが樽の陰で、氷の粒を額に乗せて横になっていた。

 酒蔵の中は、外よりはずっと涼しい。それでも、氷の一族にはぎりぎりの温度らしい。


「……聞こえたわ。太鼓」

「三日後だ」

「そう」


 セレスは、ゆっくりと体を起こした。

 額の氷の粒が、ころりと膝の上に落ちる。


「それまでに、ガルムの小瓶を何とかしないといけないのね」

「ああ」


 俺は酒蔵の床に、大剣の先で図を描いた。


 ザハルの都。中心の大闘技場。その北にある、獣王の宮殿。

 原作の三章のマップは、テストで隅々まで歩いた。宮殿の間取りも、警備の兵の巡回路も、頭に入っている。


「ガルムは、小瓶をお守りとして持ち歩いている。決闘の日も、腰の革袋に入れて闘技場に出るはずだ」

「決闘で、負けそうになったら」

「飲む。……あるいは、飲まされる」


 セレスの顔が、わずかに曇った。


「ガルムは、飲まないって言ったんでしょう」

「言った。本気で、そう思っている」

「でも、負けそうになったら、分からない」

「ああ。ガルムは、負けられないと思い込んでいる。魔王軍の誇りのために」


 白霧の神殿で、セレスは妹のために勇者を殺そうとした。

 ガルムは、魔王軍の誇りのために、勝とうとしている。


 ――どちらも、自分のためではない。


「だから、小瓶を、すり替える」


 俺は、宮殿の図のある一点を指さした。


「ガルムは、決闘の前の晩、宮殿の中庭で、一人で拳の稽古をする。原作で、そういう場面があった。勇者が宮殿を訪ねると、中庭で稽古中のガルムに会える」

「そのとき、小瓶は」

「稽古の邪魔になるから、腰から外して、寝所の枕元に置いている。……テストで、寝所に忍び込むと小瓶が拾えるバグがあった」

「てすと?」

「……夢で見た」


 セレスは、もう追及しない。


「つまり、ガルムが中庭で稽古をしているあいだに、寝所に忍び込んで、小瓶をすり替える」

「そうだ。中身を、ただの水に」

「誰が忍び込むの」

「お前だ」


 セレスが、目を瞬いた。


「私?」

「俺は、中庭でガルムの気を引く。手合わせの続きでもすると言えば、あいつは乗ってくる。そのあいだに、お前が寝所に入る」

「この暑さの中を?」

「宮殿の寝所は、地下にある。獣人の王は、昼の暑さを避けて、地下で眠る。……ここより涼しいはずだ」


 セレスは、しばらく考え込んでから、小さくうなずいた。


「いいわ。涼しいなら」


 判断の基準が、そこなのか。


***


 昼過ぎ、黒騎士の姿で、大闘技場を見に行った。


 巨大な円形の建物だった。

 石を積み上げた外壁の高さは、ブランシュの時計塔の倍はある。入口のアーチの上に、獅子の頭の彫刻が都を見下ろしていた。


 中に入ると、すり鉢状の観客席がぐるりと砂の舞台を取り囲んでいた。

 何千人も座れる。決闘の日には、ここが獣人で埋め尽くされるのだ。


 観客席の最前列に立って、舞台を見下ろす。

 砂の舞台と観客席のあいだには、腰の高さほどの石の壁があるだけだ。


(……低い)


 原作では、この壁が勇者の攻撃を観客席に通さない「見えない壁」の役割をしていた。

 プログラムで、そう決めてあった。


 この世界には、見えない壁はない。

 もし舞台の上で何か巨大なものが暴れたら、この石の壁は、何の役にも立たない。


「先生ーっ!」


 ――また来た。


 観客席の反対側から、リオが手を振っていた。

 隣に、ミレイユが立っている。杖の先の水晶の玉を舞台に向けて、何かを調べているらしい。


 リオは、観客席の通路をぐるりと回って駆けてきた。

 ミレイユは、その後ろからゆっくりと歩いてきた。


「先生も、闘技場の下見ですか?」

「……仕事だ」

「砂かきの?」

「砂かきの」


 リオが、笑いをこらえている。

 ミレイユは、鼻で小さく笑った。


「この闘技場の砂、誰がかいてるのか知らないけど、ずいぶん綺麗に均してあるわね。あなたの仕事?」

「……」

「ふふ。冗談よ」


 ミレイユは、また水晶の玉を舞台に向ける。


「リオ、見て。舞台の砂の下に、古い魔法陣の跡がある。昔の獣王たちが、決闘の勝敗を神に誓うために描いたものよ」

「誓い……ですか?」

「負けた者は、潔く負けを認める。勝った者は、負けた者の誇りを踏みにじらない。そういう誓い」


 ミレイユは、砂の舞台を見下ろした。


「獣人の決闘は、ただの殺し合いじゃないの。負けを認めることまで含めて、一つの儀式なのよ」


 ――負けを認められぬ者は、獣に堕ちる。


 中庭で、ガルムが語った、師の教え。


「ガルムさんも、そういう人なんでしょうか」


 リオが、ぽつりと言った。


「決闘を申し込んできた手紙、すごく丁寧だったんです。『聖剣の勇者よ、正々堂々、拳と剣で語り合おう』って。……悪い人には、思えなくて」


 リオは、舞台の砂をじっと見つめていた。


 雪の国の神殿で、セレスに「殺したくない」と言った少年だ。

 また、同じことを考えているのだろう。


(……今度も、殺さずに勝ちたいんやな)


 俺は、何も言わなかった。


 ミレイユが、リオの後ろからちらりと俺を見た。

 翡翠色の目が、鉄兜の隙間を探るように見つめている。


「黒騎士さん。あなたは、獣王のこと、どう思う?」

「……誇り高い男だ」


 それだけは、正直に答えられた。


「そう」


 ミレイユは、意味ありげに微笑んだ。


「会ったことがあるような言い方ね」


(……しまった)


***


 夕暮れ、宿の酒蔵に戻ると、セレスが地図の上に氷の駒を並べて待っていた。


「決行は、今夜でいいのね」

「ああ。ガルムは、決闘の三日前から、毎晩中庭で稽古をする。今夜から、毎晩だ」

「なら、今夜で決める」


 セレスは、氷の駒を宮殿の寝所の位置に置く。


「あなたは、中庭でガルムの気を引く。私は、寝所で小瓶をすり替える。終わったら、伝声貝で知らせる」

「ああ」

「もし、見つかったら」

「逃げろ。お前は、死んだことになっている。顔を見られたら、終わりだ」


 セレスはうなずき、それから氷の駒を一つ、指先でつまみ上げた。


「……ねえ」

「なんだ」

「すり替えがうまくいったら、ガルムは、薬に頼らずに勇者と戦うのね」

「そうなる」

「それで、ガルムが負けたら」

「原作どおり、負けを認めて、去っていく」


 セレスは、氷の駒を手のひらの上で転がす。


「……うまくいくといいわね。今度は、誰も、何も失わずに」


 駒が、手のひらの熱で少しずつ溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。