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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第3章 獣王の負け方

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第33話 帳の前の問い

 二度目の葬式の翌朝、玉座の間に呼ばれた。


 首のない騎士が、脇に抱えた兜の中から、俺の名前を呼んだ。

 前と同じだ。ただ、今度は、ギギが籠手の端をつまんでくることはなかった。


「行ってらっしゃいませ、ヴァルガス様」


 ギギは、丸眼鏡をまっすぐに直して、深く頭を下げた。

 白霧の神殿から戻って以来、この小さなゴブリンは、少しだけ背筋が伸びた気がする。


***


 玉座の間には、ゼクスの姿はなかった。


 黒い柱のあいだを、帳の前まで歩く。

 片膝をつくと、帳の奥から、あの若くて疲れた声が聞こえた。


「セレスが、討たれた」

「……は」

「お前は、それを見ていたか」

「勇者の監視中でしたので。遠くから」


 嘘ではない。巨人の目を通して、ずっと近くから見ていたが。


 帳の奥は、しばらく静かだった。


「ヴァルガス」

「は」

「お前は、勇者に負けたことを、悔やんでいるか」


 予想していなかった問いだった。


 顔を上げる。分厚い帳の向こうに、魔王の姿は見えない。ただ、帳のわずかな揺れから、そこに誰かが座っていることだけが分かる。


 どう答えるべきか。

 ヴァルガスなら、何と答えるか。尊大な魔将なら、悔やんでいると言うだろう。あれは恥だった、次こそは勝つ、と。


 でも、俺は。


「……悔やんでは、おりません」


 気づいたら、そう答えていた。


「ほう」

「あの小僧は、あの日、震えながら剣を握っておりました。それでも、目を閉じなかった。……あれに負けたのなら、恥ではございません」


 言ってから、しまったと思った。

 魔王の前で、勇者を褒めてどうする。


 帳の奥で、小さく息が漏れた。


 ――笑ったのだと、今度は分かった。


「そうか」


 声が、少しだけ柔らかくなる。


「ガルムが、砂漠へ発つ」

「存じております」

「あれは、我の古い友だ」


 帳が、かすかに揺れた。


「魔王軍は、五魔将のうち二人を失った。ガルムは、それを恥じている。次は自分が出ると言って、聞かない。……勝つまで、止まらぬつもりだ」

「……」

「ヴァルガス。勇者の監視に加えて、もう一つ命じる」


 帳の奥の声が、低くなった。


「ガルムを、死なせるな」


 息を、呑んだ。


 死なせるな。

 勇者を倒せ、ではなく。勝たせろ、でもなく。


「……ガルム殿が、勇者に討たれぬようにせよ、と」

「討たれても構わん。負けても構わん。ただ、死なせるな」


 魔王の言葉は、それで終わりだった。


「下がれ」


***


 玉座の間を出て、長い廊下を歩きながら、俺は考えていた。


(負けても構わん。ただ、死なせるな……)


 原作の三章で、ガルムは勇者に負けて、生き残る。

 負けを認めて、砂漠の奥へ去っていく。五魔将の中で、唯一。


 つまり、原作どおりに進めば、魔王の命令は自然に果たされる。


 ――原作どおりに進めば。


 葬式の大広間で、ゼクスがガルムに手渡した小瓶。

 赤黒い液体と、三本の線。


 魔王は、あの小瓶のことを知っているのだろうか。

 知っていて、「死なせるな」と言ったのだろうか。


 帳の奥の声からは、やはり何も読み取れなかった。

 でも、一つだけ分かったことがある。


 魔王は、自分の部下が死ぬことを、望んでいない。

 少なくとも、ガルムについては。


(原作の魔王ノクスって、どんなキャラやったっけな)


 思い出そうとして、何も出てこなかった。

 立ち絵は、最後まで黒い影のままだった。台詞も、最終決戦のわずかな数行だけ。デザインが決まったのは、発売の半年前。シナリオは、たぶん、何度も書き直されていた。


 ――誰が書いて、誰が書き直したのか。


 ゼクスの顔が、頭をよぎった。


 窓のない廊下の燭台を数えながら、三章の段取りを頭の中で組み直す。


 原作のガルム戦は、勇者と獣王が大闘技場で一騎打ちをする、五魔将の中でいちばん後味のいい章だったはずだ。テストのときも、この章だけは、バグの報告がほとんど出なかった。


 だからこそ、ゼクスがそこに手を入れてくるのなら、狙いはたぶんその後味のよさそのものなのだろう。誇り高い獣王が負けを認めて去っていくという結末を、あの男は、いちばん壊したがっているはずだ。


***


 中庭に出ると、地面が揺れていた。


 ずん。ずん。ずん。


 規則正しい、重い音。中庭の真ん中で、獅子の頭をした巨体が、石の柱に拳を打ち込んでいた。


 ガルムだ。


 柱は、すでに四本目らしかった。

 足元には、砕けた石の山が三つ。ギギが「三本折れた」と報告してから、また一本増えている。


 ずん。


 ガルムの拳が、柱にめり込んだ。

 打つ瞬間、右の肩が、開いていなかった。


(……ほんまに、直しとる)


 拳の軌道が、まっすぐだ。

 力が、一点に集まっている。前よりも、明らかに重い。


 ガルムが、拳を引き抜いた。

 獅子の目が、こちらを向く。


「……ヴァルガス」

「精が出るな」

「貴様に言われた癖だ。直すのに、柱を四本使った」


 ガルムは、拳についた石の粉を払った。


「出陣の前に、一つ頼みがある」

「なんだ」

「手合わせを、願いたい」


 ガルムが、俺を見る。


「勇者に討たれ、死の淵から戻った貴様の拳を、受けておきたい。……我は、あの小僧に負けるわけにはいかんのだ」


 腰の革袋が、かすかに揺れた。

 中で、硝子の小瓶が、かちりと鳴った気がした。


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