第25話 もう一人の協力者
計画を、作り直した。
森の中で、雪の上に大剣の先で図を描いていく。
白霧の神殿。二十四本の柱。その真下にある、地下の氷室。
要件は、三つ。
一、決戦のあいだに神殿の地下に潜って、リュシーを救い出す。
二、セレスが第二形態に変じる瞬間に、鎧の中に入れ替わる。
三、勇者を、死なせない。
(無理ゲーでは?)
廃砦で勇者と向き合ったときと、同じことを考えていた。
一と二は、同時にはできない。
地下でリュシーを探しているあいだに、地上で決戦が進む。セレスは、勇者を殺しに来る。第二形態になる前に、勇者が殺されるかもしれない。
そもそも、セレスが第二形態になるかどうかも分からない。
リュシーが無事だと分からなければ、彼女は第一形態のまま、勇者を殺しにかかる。
つまり――。
(リュシーを、先に救う。救ったと、セレスに知らせる。そうすれば、セレスは止まる)
それなら、要件は二つに減る。
一、決戦が始まったら、すぐに地下へ潜ってリュシーを救う。
二、救ったことを、戦っているセレスにすぐに知らせる。
地下から地上へ、決戦の真っ最中に。
声を届ける手段が、要る。
そして、俺が地下にいるあいだ、地上で勇者が持ちこたえなければならない。
本気のセレスを相手に。
(一人じゃ、足りん)
***
夜明け前、ボツが空から戻ってきた。
背中に、小さな影がしがみついている。
ボツが雪の上に降りると、その影はころりと転がり落ちた。
「ひ、ひいいいい……! 生きてる……! ギギは、まだ、生きております……!」
丸眼鏡が、斜めにずれている。
ギギは雪の上で四つん這いになったまま、がたがたと震えていた。
「空を……空を、飛ぶなどと……ゴブリンは、地べたを這う生き物でございまして……!」
「よく来た」
「ヴァ、ヴァルガス様のお呼びとあらば……! でも、二度と乗りとうございません……!」
ボツが、心外だと言わんばかりに、のっぺりした尻尾でギギの背中をはたいた。
ギギは、雪の中に顔から突っ込んだ。
***
ギギに、すべてを話したわけではない。
セレスの妹が、ゼクスに人質に取られていること。
三日後の決戦で、その妹を救い出したいこと。それだけを話した。
ギギは、丸眼鏡の奥の目をまん丸にして聞いている。
「参謀殿が……セレス様の、妹君を……」
「ああ」
「そ、そのようなこと、魔王様はご存じなのでしょうか」
「分からん」
ギギは、しばらく黙り込んでいた。
雪の上で、小さな拳を握りしめている。
「ヴァルガス様は、なぜ、セレス様の妹君を、お助けになるのですか」
まっすぐな質問だった。
「セレス様とヴァルガス様は、その……失礼ながら、昔から、あまりお仲がよろしくなかったと記憶しておりますが」
(本物のヴァルガスは、そうやったんやろな)
配下を道具としか見ていなかった男。
セレスに好かれていなかった男。
「……死んだふりをしてから、いろいろ考えが変わった」
「死の淵からお戻りになって、お心まで」
「それはもういい」
ギギは、こくこくとうなずき、意を決したように顔を上げた。
「ギギに、何ができますでしょうか」
俺は、懐から伝声貝を取り出した。
ギギが持っている対の貝と、二つ並べる。
「決戦の日、お前は、神殿の鐘楼に登れ」
「鐘楼……でございますか」
「神殿の北側に、古い鐘楼がある。柱の上に、鐘が一つ吊るされている。俺が地下で妹を救い出したら、この貝で、お前に知らせる。知らせを受けたら、鐘を一度だけ鳴らせ」
鐘の音なら、戦いの最中でも、神殿じゅうに届く。
そして、セレスには前もって伝えておく。鐘が一度鳴ったら、妹は無事だ、と。
――セレスが、信じてくれるかどうかは、分からないが。
「そ、そのような大役を、ギギに……」
「お前にしか頼めん」
ギギは、ずれた丸眼鏡を両手で直した。
「……承知、いたしました」
声が、震えていなかった。
***
あと一つ、足りないものがある。
俺が地下にいるあいだ、地上で勇者が本気のセレスを相手に持ちこたえなければならない。
稽古は、つけた。氷の槍の避け方も教えた。
でも、それだけでは足りない。
リオ自身が、セレスを殺さないように戦い、セレスに殺されないように戦う理由が要る。
その日の昼、俺は黒騎士の姿で、トウヒの村の宿を訪ねた。
リオは宿の裏で、一人で素振りをしていた。
踏み込む前に、足で雪を固めて。二拍子が、もう一拍子に縮まっている。
「先生!」
リオが、剣を下ろして駆け寄ってきた。
「決戦の日が、決まったそうです。明後日の正午だって、神殿のほうから、氷の矢文が飛んできて」
「……知っている」
「先生、やっぱり来てくれるんですか?」
「小僧。一つ、話しておくことがある」
リオの顔から、笑みが消えた。
俺の声がいつもと違うことに、気づいたのだろう。
「氷の魔将には、妹がいる」
リオの目が、わずかに見開かれた。
「十二歳の妹だ。その妹が、魔王軍の参謀に、人質に取られている。勇者が死ねば、妹は返される。勇者が生き残れば、妹は殺される」
「……」
「だから、氷の魔将は、本気でお前を殺しに来る」
言ってしまった。
黒騎士が、魔王軍の内情を勇者に話している。正体がばれる危険を、自分から増やしている。
でも、話さなければならなかった。
何も知らずに戦えば、リオはただ生き延びるために、セレスを斬るかもしれない。
リオは、しばらく黙っていた。
トウヒの村の背後にまだそびえている、氷の壁を見上げていた。
雪の結晶の紋が浮かぶ、あの壁を。
「……なら」
リオが、口を開いた。
「なら、助けます」
迷いのない声。
「その子を。妹さんを。僕たちで、助けます」
「……小僧」
「だって、そうしたら、氷の魔将は、僕を殺さなくてよくなるんですよね?」
リオは、聖剣の柄を握る。
「僕は、氷の魔将を倒さなきゃいけない。封印のために。……でも、殺したいわけじゃない。村を守ってくれた人かもしれないなら、なおさら」
十五歳の少年が、まっすぐな目で、そう言った。
俺は、言葉を失っていた。
原作のリオは、二章でセレスを倒す。
倒したあとで、彼女の最期の言葉を聞いて、「助けられなかった」と泣く。
この世界のリオは、戦う前から助けると言っている。
(……原作より、ずっと勇者やないか)
「妹さんは、どこにいるんですか」
「神殿の地下だ」
「じゃあ、僕たちが――」
「地下は、俺が行く」
リオの言葉を、遮った。
「お前の仕事は、地上で、氷の魔将と戦うことだ。殺さず、殺されず。俺が妹を救い出すまで、持ちこたえろ」
「持ちこたえる……」
「妹が救い出されたら、鐘が一度鳴る。それまでは、何があっても、目を閉じるな」
リオは、ゆっくりとうなずく。
「……分かりました」
それから、少しだけ笑った。
「先生、やっぱり来てくれるんじゃないですか」
俺は、答えなかった。
練習用の鉄兜は、こういうとき、本当に便利だ。




