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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第2章 氷の魔将

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第24話 決戦の招待状

 魔王軍の正式な命令は、その夜のうちに届いた。


 トウヒの村の外れの森で、ボツの腹にもたれていたとき、懐の伝声貝が震えた。

 いつもより、ずっと低いギギの声。


『ヴァルガス様。玉座の間で、先ほど、決定がございました』

「言え」

『氷のセレス様に、勇者討伐の正式なご命令が下りました。決戦は、三日後の正午。場所は、白霧の神殿』


 三日後。

 ゼクスの手紙にあった、「決戦の日」だ。


『それと……』


 ギギが、言いよどんだ。


『参謀殿が、玉座の間で、こう申されました。トウヒの村の雪崩は、自分が起こしたものだ、と。勇者の足止めのために。ところが、何者かが氷の壁を立てて、村を守ってしまった――と』


 息が、止まった。


『参謀殿は、魔王様の前で、セレス様のほうを見て、にこにこしておられました。「村を守った氷の壁には、雪の結晶の紋が浮かんでいたそうですよ」と』


(……試されとったんか)


 雪崩は、勇者の足止めのためではない。

 セレスが勇者を守るかどうかを、確かめるためだったのだ。


 そしてセレスは、守ってしまった。


『セレス様は、何もおっしゃいませんでした。ただ、ご命令を、お受けになりました』

「……分かった」

『ヴァルガス様。あの、セレス様は、大丈夫でしょうか。玉座の間を出るとき、お顔が、真っ白で……もともと白い方ですが、それ以上に……』


 ギギの声が、震えている。


「ギギ」

『は、はいっ』

「お前、空を飛ぶのは怖いか」

『……は?』


***


 セレスが森に現れたのは、真夜中だった。


 月明かりの中、針葉樹の間を銀色の髪の女が、音もなく歩いてくる。

 足元の雪が、彼女の歩いたあとだけ、薄く凍っていた。


「……ここにいると思ったわ」


 セレスは、ボツの前で足を止めた。

 ボツが、小さく喉を鳴らす。セレスは、その鼻先に、そっと手を触れた。


「命令は、聞いた」


 俺が言うと、セレスはうなずいた。

 何か言いかけて、それからふいに森の奥を振り返る。


 こつ、こつ、と靴音が近づいてくる。

 雪の森には、似合わない音だ。硬い革の靴底が、凍った根を踏んでいく。


 ボツが、低く唸り声を上げた。


「――こんばんは。夜分に、失礼します」


 針葉樹のあいだから、黒い礼服の男が現れた。

 片眼鏡が、月明かりを白く跳ね返している。


 ゼクスだった。


(……さっきまで、玉座の間でにこにこしとったんちゃうんか)


「お二人とも、お揃いでよかった。招待状は、手紙にするより、直接お渡ししたほうが確実ですからね」


 俺は、大剣の柄に手をかけた。

 ゼクスは、それを見ても足を止めない。


「どうぞ、斬ってください。……ただ、そのときは、妹さんの居場所を知る者が、一人もいなくなりますが」


 柄を握った指が、止まる。


 ゼクスは、俺の三歩手前で立ち止まり、セレスのほうへ向き直った。


「トウヒの村の件、拝見しました。お優しいですね、セレス殿。勇者くんを、守ってしまうなんて」

「……」

「ですから、はっきり申し上げておきます」


 ゼクスは穏やかに笑ったまま、続ける。


「三日後、勇者くんが死ねば、妹さんは生きたままお返しします。勇者くんが生き残れば、妹さんは、そのまま氷像になります。……あなたの氷よりも、ずっと美しい氷像に」


 セレスの足元で、雪が、ぱきりと鳴った。

 白い冷気が、指先から噴き上がる。踏みしめた雪が、一瞬で、青い氷に変わっていく。


 ゼクスは、その氷の縁から、半歩だけ下がった。

 怯えた様子は、少しもない。


「妹さんは、神殿の地下で、お姉さんの戦いを見守っていますよ。……では、三日後に。いい山場にしましょう」


 礼服の背中が、こちらを向く。

 去りぎわに、ゼクスは一度だけ、俺を振り返った。


「今回は、楽しい仕様の穴は、ありませんよ」


 靴音が、森の奥へ遠ざかっていく。

 やがて、それも聞こえなくなった。


 命令と同じ夜に、本人が来た。

 手紙では、こちらに考える間を与えてしまう。だから、自分の口で言いに来たのだろう。逃げ道を、すべて塞ぐために。


「……計画は、中止よ」


 セレスの声は、静かだった。


 その目は、俺のほうを見ていなかった。

 月を見上げている。


「私は、勇者を殺す」

「セレス」

「あなたが鎧に入る必要は、もうないわ。第二形態にもならない。第一形態のまま、私が勇者を殺す。それで、リュシーは帰ってくる」

「ゼクスが、約束を守ると思うのか」

「思わないわ」


 即答。


「でも、守らないと決まったわけでもない。……守らなかったら、そのときは、ゼクスを殺す。私の命と引き換えにしてでも」


 セレスは、ようやく俺を見た。


「あなたの計画は、リュシーが無事なことが前提だった。でも、リュシーは見つからなかった。神殿の地下のどこにいるのかも分からない。決戦のあいだに探せば、間に合わないかもしれない」

「……」

「勇者が生き残れば、リュシーは死ぬ。それだけは、確かなの」


 俺は、何も言い返せなかった。


 セレスの言うことは、正しい。

 計画の前提が、崩れている。バグの報告書なら、「再現性あり、致命的」と書くところだ。


「あの子は、まだ十二歳なの」


 セレスの声が、初めて揺れた。


「母が死んだとき、あの子は三歳だった。母の顔も、ほとんど覚えていない」


 外套の下で、セレスの手が、固く握りしめられていた。


「それから百年、私が、あの子の髪を結ってきたの。……百年かけて、やっと十二。氷の作り方も、全部、私が教えた」


「あの子の名前を呼びながら死ぬのは、嫌。……でも、あの子が死ぬのは、もっと嫌」


 原作の、セレスの最期の台詞。

 ごめんね、リュシー。


 この女は、その台詞を言わないために、勇者を殺そうとしている。


 セレスは、俺の前に手を差し出した。


「髪飾り、返して」


 ブランシュのあと、魔王城の廊下で彼女が俺に託した、雪の結晶の髪飾り。

 妹を取り返すのを、手伝って。そう言って。


「もう、手伝ってもらう必要はないから」


 月明かりの中で、差し出されたセレスの手のひらが、かすかに震えていた。


 俺は、懐に手を入れた。

 冷たい銀の感触が、指先に触れる。


 ――返すべきなのかもしれない。

 計画は崩れた。この女は、自分で決めた。中ボスの俺に、二章のボスの選択を止める権利はない。


 でも。


(……仕様にないルートは、もう慣れたって、言うたやろ、俺)


 俺は、髪飾りを懐から出さなかった。


「返さん」


 セレスの目が、見開かれる。


「これは、リュシーに返す。本人に、直接」

「……ヴァルガス」

「計画は、作り直す。三日ある。三日あれば、バグの一つや二つは直せる」


 セレスは、差し出した手を、ゆっくりと下ろした。


「……勝手にすればいいわ」


 背を向ける。

 銀色の髪が、月明かりの中で揺れた。


「でも、私は止まらない。三日後、私は勇者を殺しに行く。あなたが何をしようと」


 足音が、森の奥へ遠ざかっていく。


 ボツが、心配そうに、俺の背中に鼻先を押しつけてきた。


「……大丈夫や」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


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