第22話 自分の弱点を教える師匠
王都の外れの雪原で、リオが待っていた。
「先生! 来てくれたんですね!」
膝まで雪に埋もれながら、手をぶんぶん振っている。
その後ろで、ノエルが毛布にくるまって焚き火の番をしていた。ボルドは少し離れた岩に腰かけて、斧の刃を研いでいる。
昨日の夕方、宿の前を通りかかったとき、リオに捕まった。
明日の朝、王都を発つ前に、一度だけ稽古をつけてほしい。氷の魔将と戦う前に、と。
断るつもりだった。
廃坑から戻ったばかりで、頭の中はゼクスの手紙のことでいっぱいだった。
でも、リオの顔を見たら、断れなかった。
――この子は数日のうちに、白霧の神殿で氷の魔将と戦う。
ゼクスの手紙が本当なら、そこにはリュシーがいる。セレスは、妹のために本気で戦うかもしれない。
本気のセレスと戦えば、今のリオは、死ぬ。
(……せめて、生き残れるくらいには)
「始めるぞ」
「はいっ!」
***
まずは、雪の上での足運びからだった。
雪の上で剣を振ると、踏み込んだ足が沈む。
沈めば、重心が崩れる。崩れれば、剣が流れる。
「踏み込む前に、足で雪を固めろ。一度、軽く踏んでから、本当に踏む」
「軽く踏んで……本当に踏む」
「そうだ。二拍子でいい。慣れれば、一拍子に縮まる」
リオは何度も雪を踏んでは、剣を振った。
最初は、二拍子のあいだに敵に斬られそうなくらい遅かったが、三十回を過ぎたころにはだいぶ速くなっていた。
(飲み込みが早い。この子、本当に筋がないって言われたんか?)
筋がないのではない。
教え方が、合っていなかっただけだ。
「次は、氷の魔法の避け方だ」
「氷の……」
「氷の魔将は、地面から氷の槍を生やしてくる」
俺は雪原に大剣の先で、いくつもの点を描いていった。
「槍が出る前に、地面がわずかに白く光る。光ってから、槍が出るまで、一拍。その一拍のあいだに、光った場所の、斜め前へ跳べ」
「斜め、前……? 後ろじゃなくて?」
「後ろに跳べば、次の槍がまた後ろに出る。魔将は、逃げる方向を読んで撃ってくる。前に出れば、読みが外れる」
ブランシュの地下で、俺はセレスに、正確すぎる回避を読まれた。
だから、読まれない避け方を教える。
リオは、真剣な顔でうなずいた。
雪原の点を見つめて、頭の中で何度も跳ぶ練習をしているのが分かる。
「それから、もう一つ」
大剣を雪に突き立てて、俺はリオを見下ろした。
「氷の魔将は、追い詰められると、氷の巨人を纏う」
「巨人……ですか」
「身の丈は、俺の三倍。腕の一振りで、柱がまとめて吹き飛ぶ」
――昨日、俺自身が、柱を三本なぎ倒したばかりだ。
「勝てるんですか、そんなの」
「勝てる」
俺は、自分の額を指で叩いた。
「巨人の額に、氷の冠がある。そこが、弱点だ。冠を割れば、巨人は砕ける」
「額の、冠……」
「巨人は、両腕を振り上げて叩きつける大技を使う。そのとき、重心が後ろに移る。ほんの一瞬だけ、頭が下がらなくなる。そこを、跳んで、額を狙え」
言いながら、内心で頭を抱えていた。
(俺、今、自分の弱点を、自分を倒しに来る相手に教えとる)
決戦の日、あの巨人の中にいるのは、俺だ。
額の冠を割られるのも、俺だ。
教えなければ、リオは巨人に勝てない。
教えれば、リオは確実に、俺の額を狙ってくる。
――いや、それでいいのだ。
そもそも、負けるために中に入るのだから。
(でも、なんやろな、この気持ち。テストで見つけたバグを、自分で仕様書に書き足してる気分や)
「巨人が大技を出すとき、片足を後ろに引く。それが合図だ」
「片足を、後ろに……はい、覚えました!」
リオが、目を輝かせてうなずいた。
片足を後ろに引くのは、昨日、俺が転ばないために覚えた動きだ。
その動きが、勇者にとっての攻撃の合図になる。
(……自分で自分の攻略本を書いとる)
***
稽古は、昼前まで続いた。
焚き火のそばで、ノエルが干し肉を炙ってくれた。
リオは汗だくになりながら、それを三枚続けて平らげる。
「先生も、どうぞ」
ノエルが、炙った干し肉を一枚、差し出してきた。
兜をかぶったままでは、食べられない。
「……要らん」
「兜、脱がないんですね」
「脱がない」
「ずっと?」
「ずっとだ」
ノエルは干し肉を引っ込めずに、じっと俺の兜を見ていた。
「……王都の時計塔」
小さな声だった。
リオには聞こえないくらいの。
「この前の夜、時計塔の下で、誰と会ってたんですか」
干し肉を差し出す手が、少しだけ震えている。
(見られとったんか)
あの夜、時計塔の下で、セレスから氷の鍵を受け取った。
路地の角に、誰かがいる気配はしていた。振り返ったときには、もういなかったが。
「……仕事の相手だ」
「雪かきの?」
「雪かきの」
「銀色の髪の、すごく綺麗な女の人と、夜中に、雪かきの打ち合わせを?」
ノエルの声が、少しだけ大きくなった。
焚き火の向こうで、ボルドが斧を研ぐ手を止めた。
「……ノエル、どうしたの?」
リオが、干し肉をくわえたまま、首をかしげている。
「な、なんでもない!」
ノエルは干し肉を俺の手に押しつけると、真っ赤な顔で焚き火の反対側へ逃げていった。
(……何か、勘違いされとる気がする)
どういう勘違いなのかは、考えないことにする。
ボルドが、斧の刃を布で拭いながら、ぼそりと言った。
「あんた、氷の魔将のことに、ずいぶん詳しいな」
俺は答えない。
「巨人の大きさ。冠の場所。大技の合図。……まるで、見てきたみたいだ」
ボルドは、それ以上何も聞かなかった。
ただ、研ぎ終えた斧を背中に担ぎ直して、焚き火に雪をかけた。
「坊主、行くぞ。日が暮れる前に、次の宿場まで着きたい」
「はいっ!」
リオが、跳ねるように立ち上がる。
俺に向き直って、深く頭を下げた。
「ありがとうございました、先生。氷の魔将、絶対に倒してきます」
顔を上げたリオの目が、俺を見ている。
「でも、先生は、氷の魔将のこと、詳しいんですね。……なんでですか?」
焚き火の煙が、俺とリオの間を白く流れていった。
「……昔、戦ったことがある」
嘘ではなかった。
テストで、数えきれないくらい。




