↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第2章 氷の魔将

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/71

第21話 空っぽの氷牢

 北の廃坑は、雪山の麓に黒い口を開けていた。


 百年前に掘り尽くされた銀の鉱山だ。

 入口の周りには、錆びたトロッコの線路と崩れた見張り小屋が、雪に半分埋もれている。


 俺とセレスは、入口から少し離れた岩陰に身を伏せていた。

 月のない夜だった。空の上では、ボツが雲に紛れて旋回している。


「結界は、入口から三十歩奥」


 セレスが、囁くように言った。


「外からは、ただの暗闇にしか見えない。でも、近づくと分かるわ。空気が、ぬるくなるの」

「ぬるく?」

「ゼクスの結界は、触れたものの熱を奪わない。だから、冷たいはずの坑道の中で、そこだけ空気がぬるい。私みたいな氷の魔将にとっては、気持ちが悪いくらいに」


(結界の判定範囲を、温度で見分けてるんか)


 この女は、本当によく見ている。


 懐から、氷の鍵を取り出した。

 小指ほどの長さの、透き通った氷の棒だ。中に、雪の結晶の模様が封じ込められている。


「差し込めるのは、一度だけ。開いていられるのは、十数える間だけ」

「十分だ」


 俺たちは、坑道に入った。


***


 セレスの言ったとおりだった。


 三十歩ほど進んだところで、急に、空気の感触が変わった。

 骨まで凍るような冷気の中に、そこだけ人肌のようなぬるさが、薄い膜のように張っている。


 目を凝らすと、暗闇の中に、かすかに模様が浮かんでいた。

 召喚印と同じ、開発中の仮のデザイン。


(ゼクス、ほんまにこのデザインしか使わんな)


 たぶん、あいつにとっては、こっちが「正しい」デザインなのだろう。

 改変される前の、自分の書いた世界の。


 模様の継ぎ目を探す。開発中のデザインには、線と線のつなぎ目に、わずかな隙間があった。正式版では埋められた、描き損じのような隙間だ。


「ここだ」


 継ぎ目の一点に、氷の鍵を差し込んだ。


 ぬるい膜が、ぶるりと震えた。

 鍵の刺さったところから、人ひとり通れるくらいの穴が、ゆっくりと開いていく。


「一、二……」


 セレスが、小声で数え始めた。

 俺たちは、穴をくぐり抜ける。


「……八、九、十」


 背後で、穴が音もなく閉じた。


***


 結界の内側は、坑道とは思えないほど整っていた。


 岩肌は滑らかに削られ、壁には、青白い光を放つ石が等間隔に埋め込まれている。

 床には、塵ひとつない。


 ――几帳面な男だ。

 会社の机の上も、いつもこんなふうに片づいていた気がする。


 坑道の突き当たりに、扉が一つあった。

 氷でできた、分厚い扉だ。


 セレスが、扉に手を触れた。

 彼女の指先から、冷気が扉に染み込んでいく。分厚い氷が、少しずつ水に戻っていく。


 氷の魔将は、氷を作るだけでなく、溶かすこともできる。

 自分より弱い氷なら。


 扉が、溶け落ちた。


 その奥は、小さな部屋だった。


 部屋の真ん中に、氷の柱が一本、立っている。

 人ひとりが、すっぽりと収まるくらいの大きさの。


 柱の中は、空っぽだった。


 セレスが、柱に駆け寄った。

 両手で、透き通った氷の表面に触れる。中を、覗き込む。


「……リュシー?」


 柱の内側には、人の形の窪みが残っていた。

 小柄な、子供の背丈の窪みだ。ついさっきまで、誰かがそこに閉じ込められていたように。


「リュシー……どこ……?」


 セレスの声が、震えていた。


 俺は、部屋の中を見回した。

 氷の柱のほかには、何もない。いや――。


 柱の足元に、白い封筒が一通、置かれていた。


 封蝋には、参謀の紋。


 拾い上げて、封を切る。

 中には、几帳面な字で、短い手紙が一枚だけ入っていた。


『いらっしゃい、ヴァルガス殿。それと、セレス殿。


 結界の継ぎ目、見つけるのが早かったですね。さすがです。

 でも、残念。


 妹さんは、決戦の日に、決戦の場所で、お返しします。

 勇者くんが、セレス殿に負けたなら、生きたまま。

 勇者くんが、セレス殿に勝ったなら――そのときは、別の形で。


 物語には、ちゃんと山場が必要ですからね。

 ――ゼクス』


 手紙を持つ指に、力がこもった。

 紙が、くしゃりと音を立てる。


(……読まれとった)


 結界の継ぎ目を探すことも。

 セレスの氷の鍵で、穴を開けることも。

 全部。


 あいつは、俺の動き方を知っている。

 バグを探すときの、デバッガーの癖を。そして、物語の作り方を知っている。山場の前に、いちばん大事なものを取り上げておく、という作り方を。


 背後で、何かが崩れる音がした。


 振り返ると、セレスが氷の柱にもたれて、ずるずると床に座り込んでいた。


「……ここに、いたのよ」


 柱の内側の窪みに、そっと手を当てている。


「ここに、いたの。ついさっきまで。……まだ、少しだけ、冷たさが残ってる」


 氷の魔将にしか分からない、冷たさの名残。

 妹の、体温の跡。


 セレスは、もう何も言わなかった。

 泣いてもいない。ただ、柱の窪みに手を当てたまま、じっと動かなかった。


 俺は、手紙をたたんで懐にしまった。


 かける言葉が、見つからない。

 テストの報告書なら、いくらでも書けた。再現手順も、発生条件も、修正案も。


 でも、今ここでこの女にかける言葉は、どの報告書の書式にも載っていなかった。


 俺は、セレスの隣に、黙って腰を下ろした。

 氷の床は冷たかったが、立ち上がる気にはなれない。


 しばらくして、セレスがぽつりと言った。


「……決戦の日に、決戦の場所で」

「ああ」

「白霧の神殿に、あの子がいる」


 セレスは、ようやく顔を上げた。

 青い目に、さっきまではなかった、硬い光。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。