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勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第2章 氷の魔将

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第16話 作戦会議は氷の間で

 氷の間は、魔王城でいちばん寒い部屋だった。


 壁も床も天井も、青白い氷でできている。

 部屋の真ん中に置かれた氷の卓の上に、セレスが一枚の地図を広げた。


「雪の国、ノルドヴァルの地図よ」


 羊皮紙ではなく、薄く削った氷の板に、細い線で国の形が刻まれている。

 北に雪山、南に針葉樹の森。国境に、小さな建物の印が一つ。


「勇者がここに来るまで、早くて二十日。遅くても一月はかかる」

「白霧の神殿だな」


 俺は、国境の印を指でなぞった。

 セレスの眉が、わずかに動く。


「……私、まだ神殿の名前を言っていないわよね」

「言っていない」

「なのに、知っているのね」


 セレスは、責めるでもなく、ただ確かめるように言った。


 もう、隠しても仕方がない。

 この女とは、これから一月、同じ計画を進めることになる。中途半端に隠し事をしていたら、どこかで必ず歯車が狂う。


「……少し、長い話になる」

「構わないわ。時間はあるもの」


 俺は、話した。


 前世のことは伏せ、ゲームという言葉も使わなかった。

 代わりに、こう伝える。――俺には、この先に起きることが、ある程度見えている。勇者がどこへ行き、誰と戦い、どうなるのか。夢のような形で、見たことがある、と。


 セレスは、黙って聞いていた。途中で一度も、口を挟まずに。


「勇者は、白霧の神殿で、お前と戦う」

「ええ」

「お前は、二度戦う。一度目は、お前自身の姿で。二度目は、氷の巨人を纏って」


 セレスの指が、地図の上でぴくりと止まった。


「……氷姫の鎧」

「そうだ」


 原作の二章のボス戦は、二段階になっている。

 第一形態は、セレス本人。体力を一定まで削ると、彼女は氷の巨人を纏って、第二形態に移る。


 巨人の額には、氷冠と呼ばれる冠がある。

 それが、セレスにとっての「魔将の証」だ。俺の兜と同じで、それが割れたとき、勇者の第二の封印が解ける。


「巨人の氷冠が割れると、勇者の聖剣の封印が一つ解ける。そして――」


 言葉を、切った。


 セレスは、地図から目を上げなかった。

 氷の卓の縁を、指先でなぞっている。


「そして、私は死ぬのね」


 俺は、何も言わなかった。


「氷姫の鎧は、纏う者の命を燃やして動くの。小さいころに母から教わったわ。使えば使うほど、命が削れていく。鎧が割れれば、中にいる者の命も、一緒に砕ける」


 セレスの声は、静かだった。

 まるで、天気の話でもするように。


「だから母は、一度も使わなかった。百年前、先代の勇者と戦ったときも」


(……設定資料にも、そこまでは書いてなかったな)


 原作のセレスが、第二形態のあとに砕け散った理由。

 テストのときは、ただの演出だと思っていた。ボスが死ぬときの、少し派手な散り方だと。


 違った。

 鎧が、彼女の命を燃やし尽くしていたのだ。


「で、あなたは、どうするつもり?」


 セレスが、ようやく顔を上げた。

 青い目に、試すような光が浮かんでいる。


「勇者が私に勝たなければ、封印は解けない。勝てば、私は死ぬ。……あなたは、どちらを選ぶの」

「どちらも選ばん」


 俺は、氷の卓に両手をついた。


「中の人を、入れ替える」

「……なかのひと?」


 セレスが、きょとんとした顔で聞き返す。

 この女がこんな顔をするのを、初めて見た。


「第一形態は、お前が戦う。勇者が、お前の体力を削る。お前が氷姫の鎧を纏う、その瞬間に――俺が、お前と入れ替わって、鎧の中に入る」

「……」

「鎧は、纏う者の命を燃やして動く。だが、俺の魔力なら、命を削らずに動かせるはずだ。俺は五魔将で、いちばん魔力が多い」


 これは、賭けだった。

 ヴァルガスの魔力量は、ゲームの数値の上ではセレスの三倍ある。命の代わりに魔力を燃やせば、鎧はたぶん動く。


「勇者は、鎧の氷冠を割る。封印は解ける。鎧が砕けても、中にいるのは俺だ。俺は、たぶん死なない。そして、お前は――」

「鎧の中には、いない」


 セレスが、俺の言葉を引き取った。


「私は、死なない」


 氷の間に、しばらくの沈黙。


 セレスは、地図の上の白霧の神殿の印をじっと見つめていた。

 顔を上げて、俺の頭のてっぺんから足の先までを眺め回す。


「あなたが、私の鎧に入るの?」

「……そうだ」

「私の鎧、私の体に合わせて作ってあるのだけど」


 俺は、自分の体を見下ろした。

 身の丈は、セレスより頭二つ分は高い。肩幅は、たぶん倍ある。


「……大きめに、作れないか」

「作れるわ。ただ、巨人の外側は大きくできても、中の空洞は、そんなに広げられない」

「どのくらいだ」


 セレスは、少し考えてから、両手で空中に四角を描いた。

 俺の肩幅より、明らかに狭い。


「……縮こまれば、なんとか」

「縮こまったまま、勇者と戦うの?」

「戦うのではない。負けるのだ」


 セレスは、ぽかんと口を開けた。

 こらえきれないというように、小さく肩を震わせた。


「……ふふ」

「笑うな」

「ごめんなさい。でも、五魔将最強の男が、私の鎧の中で縮こまって、勇者に負ける練習をするのかと思ったら」


 セレスは、口元を手で押さえている。

 氷の間に、彼女の笑い声がかすかに響いた。


 笑うと、ずいぶん印象が変わる女だ。

 ――そう思ったのは、黙っておいた。


「リュシーのことも、ある」


 俺が言うと、セレスの笑みが、すっと消えた。


「お前が鎧を纏う前に、妹を取り返しておかなければならない。お前が勇者に負けたふりをしたと、ゼクスに知られた瞬間、妹が危ない」

「……ええ」

「妹は、どこにいる」

「北の廃坑。ゼクスの氷牢があるの。何度か、外から様子を見に行ったわ。結界が強くて、中までは入れなかったけれど」


 セレスは、地図の北の端、雪山の麓の小さな印を指さす。


「二人なら、入れるかもしれない」

「入れる」


 結界の構造なら、たぶん分かる。

 ゼクスが、開発中の仮のデザインを使い続けているのなら。


「なら、決まりね」


 セレスは、氷の地図をくるくると巻いた。

 巻いた氷の板は、彼女の手の中でただの水に戻って消える。


「まず、妹を取り返す。それから、勇者に負ける。……あなたが、私の鎧の中で」

「ああ」

「縮こまって」

「……ああ」


 セレスが、また小さく笑った。


 そのとき、氷の間の扉が、音もなく開いた。


 冷気の中に、ふわりと香の匂いが流れ込んでくる。

 黒い礼服に、片眼鏡。柔和な笑み。


「おや。お二人で、何のご相談ですか?」


 ゼクスが、扉の枠に寄りかかって、こちらを見ていた。


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