↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に倒されるチュートリアルの中ボスに転生したので、毎回ちゃんと負けてあげます ~死んだはずの俺、正体を隠して勇者に剣を教えています~  作者: おはぎだんご
第1章 チュートリアル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/77

第11話 祭りの夜、氷の牢

 日が沈むと同時に、町じゅうの灯籠に火がともった。


 広場の櫓から、川沿いの家々の軒先まで。

 橙色の灯りが、夜の町を端から端まで縁取っていく。人々の歓声と、笛と太鼓の音が、井戸の底まで響いてきた。


 俺は旧水路を、中央の貯水槽へ向かって走っていた。


 陣が目を覚ますのは、町じゅうの祈りが空に満ちたとき。

 祭りの最後に、人々が一斉に灯籠を空へ放つ。その瞬間だ。原作のイベントでは、日没から半刻ほどあとだった。


(時間は、あと四半刻もない)


 フードの魔術師たちは、もういなかった。

 陣の仕上げを終えて、地上の祭りに紛れ込んだのだろう。


 最後の角を曲がると、冷気が頬を打った。


 貯水槽の底一面に描かれた陣が、赤黒く、脈打つように光り始めている。

 触媒の石が、一つずつ、心臓のように明滅していた。


 そして陣の中心、紋様の真上に、銀の髪の女。


「……来たのね」


 セレスの声は、昨日よりも、ずっと静かだった。


「言ったはずよ。来たら、本気で止めるって」

「聞いた」

「それでも来たの」

「勇者を、ここで死なせるわけにはいかん」


 セレスの目が、わずかに見開かれる。


 言ってしまった。

 魔王軍の魔将が、決して口にしてはいけない言葉を。


 でも、もう隠しても意味がない。

 この女は、俺が討たれたふりをしたことを知っている。そこから先を推理するのは、難しくないはずだ。


「……やっぱり、そうなのね」


 セレスは目を伏せた。外套の内側で、何かを握りしめる気配がした。


「なら、なおさら通せない」


 次の瞬間、足元から、氷の柱が噴き上がった。


 横へ跳ぶ。

 さっきまで立っていた場所を、人の背丈ほどの氷の槍が貫いていく。


 続けて二本、三本。床から、壁から、天井から。逃げ場を塞ぐように、氷の槍が次々と生えてくる。


(速い。そして、狙いが正確や)


 原作の二章のボス戦で、セレスが使う技だ。

 テストのとき、この技の当たり判定を何度も調べた。避ける方向は、知っている。


 右、左、もう一度左。

 氷の槍の隙間を縫って、陣の中心へ近づいていく。


 大剣を抜けば、この程度の氷は叩き割れる。

 黒閃を使えば、セレスごと吹き飛ばせる。


 だが、どちらもできない。

 セレスを傷つければ、二章で勇者に負ける魔将がいなくなる。それに――あの髪飾りを握る指を、見てしまった。


「どうして、剣を抜かないの」


 氷の向こうから、セレスの声がした。


「抜けば、私を倒せるでしょう。あなたは、五魔将で一番強いんだから」

「……お前を倒す理由がない」

「理由なら、あるわ。私は、あなたの邪魔をしてる」


 氷の槍が、兜の横をかすめた。

 鉄兜の頬当てに、白い霜の筋が走る。


「なのに、あなたは避けてばかり。……どうして?」


(言えるか、そんなこと)


 答えれば、二章のことも原作のことも、全部話さなければならなくなる。


 陣の中心まで、あと十歩。

 大剣の柄に手をかけたまま、俺は踏み込んだ。


 中心の紋様を、内側から断ち切る。

 陣が目を覚ます、その瞬間に。


 そのとき、地上から、ひときわ大きな歓声が響いてきた。


 ――灯籠が、放たれたのだ。


 陣の光が、一気に強くなった。

 赤黒い線が、床から浮き上がるように輝き出す。触媒の石が、一斉に明滅をやめて、まばゆく燃え上がった。


(今や!)


 大剣を抜いた。

 中心の紋様めがけて、振り下ろす――。


 その刃が、空中で止まった。


 腕が、動かない。

 肩から先が、透き通った氷に包まれていた。


 腕だけではなかった。

 足も、胴も、背中も。気づいたときには、俺の体は首から下を、分厚い氷の塊に閉じ込められていた。


 大剣を振り上げた姿勢のまま、氷の像のように。


「……ごめんなさい」


 セレスが、陣の中心に立っていた。俺のすぐ目の前に。


 彼女の手のひらから、白い霧が細く立ちのぼっている。

 避けた氷の槍は、全部、囮だったのだ。俺が陣の中心に近づくまで、時間を稼ぐための。


「あなたが避ける方向は、全部分かってた。……まるで、私の技を何度も見たことがあるみたいに、正確に避けるから」


(……テストで覚えた避け方が、そのまま読まれた)


 正確すぎる回避は、逆に読みやすい。

 デバッガーとして、こんな初歩的な罠に引っかかるなんて。


「セレス。この陣が動けば、町の人間が大勢死ぬ」

「知ってる」

「勇者も、死ぬ」

「……知ってる」


 セレスの声が、震えていた。

 外套の内側から、雪の結晶の髪飾りが覗いている。


「でも、妹が……」


 言いかけて、セレスは唇を噛んだ。

 それ以上は、言わなかった。


 背を向けて、セレスは貯水槽の出口へ歩き出す。

 銀の髪が、氷の槍の林の向こうに消えた。


 足元で、陣が完全に目を覚ました。


 赤黒い光が、天井を突き抜けるように立ちのぼる。

 地の底から、何か巨大なものが這い上がってくるような、低い振動が水路全体を揺らした。


 遠く、地上から。

 祭りの笛と太鼓をかき消すように、鐘の音が鳴り響いた。


 カン、カン、カン、カン――。


 火事か、敵襲のときにしか鳴らされない、早鐘だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。