第9話:アンテナ調整と国家ステルス
地下室。
並べたビーカーの前で、試薬の調合テスト。
目的は、未亜の足の後遺症を完全に治癒させる『神薬』の開発。かつてギルド長が騒いだ『世界樹の若葉』の成分をベースに、ダンジョン内で抽出したポーション液を少しずつ配合していく。
視界のホログラムウィンドウには、無数のエラーログ。
『抽出プロセス:魔力揮発率オーバー』
『警告:広域電波障害のリスクあり』
少し成分が濃すぎたか。
換気扇を回し、発生した微細な魔力ガスを外へ逃がす。失敗。また一からやり直しだ。
その日の夕方。
リビングで夕飯の準備をしていた未亜が、テレビの前で眉を下げていた。
「カケル君、テレビの調子がおかしいの。ずっと砂嵐で……。今日の夜、楽しみにしていたドラマの最終回があるのに」
「砂嵐?」
画面にはザーザーと走るノイズ。
スマホのニュースサイトを開くと、トップにデカデカと速報が出ていた。
『首都圏一帯で大規模な通信障害・レーダー異常が発生! 原因不明の魔力干渉か』
さっき地下室の換気扇から逃がした魔力ガス。あれが原因か。
成分が濃すぎた結果、電波塔や国家の防衛レーダーの波長とモロに干渉してしまったらしい。俺のちょっとしたポーション試作の副産物が、首都圏のインフラを麻痺させていた。
「……ちょっと、アンテナの向き調整してくる」
サンダルを突っかけ、外へ。
空を見上げ、スマホのシステム診断の要領で、空間に漂う魔力波長を可視化する。
『プロセス:魔力波長の干渉』
『ステータス:広域ジャミング(エラー)』
小難しい結界術など必要ない。
テレビの映りが悪い時、屋根の上のアンテナの向きを少しずらして電波を拾いやすくするのと同じ理屈。指先で空間の歪みを弾き、家から漏れ出る魔力の波長を、既存の電波やレーダーと絶対にぶつからない裏の周波数帯へと強引にズラす。
カチリ。
赤いエラーが『正常』に切り替わる。
「よし、これでいい」
家に戻ると、未亜がパッと顔を輝かせていた。
「映った! すごいよカケル君、ドラマに間に合った!」
「よかった。でも、なんか画面の端が少し暗いな。テレビ自体が寿命かもしれない」
呟いたその時。
着信表示『保安庁長官』の文字がスマホに点滅した。
通話ボタンを押す。
「はい」
『あ、天羽様ァァァッ!!』
鼓膜を突き破るような長官の悲鳴。
『い、いったい何をされたのですか!? 先ほどまで首都圏のレーダーを狂わせていた超巨大な魔力源が、突如として完全に消失しました! 我々の監視網から、天羽様のご自宅が完全に消滅したのです! 物理的にはそこにあるのに、あらゆるセンサーが『存在しない』とエラーを吐き出しています!』
「ああ、すみません。テレビが映らなくて連れが悲しんでたんで、アンテナの向きちょっとずらしたんです。周波数変えたんで、もうレーダーには引っかからないはずですよ」
『あ、アンテナの向き!? いや、レーダーに引っかからないって、それは完全なるステルス化……! 国家の目を完全に欺く、神話級の隠蔽結界術!』
「結界ってほどじゃないですよ。ただのチャンネル変更です」
長官が電話の向こうで息を呑む。
『この男は、その気になれば日本の中枢を音もなく消し去ることができる』
そう勘違いして震えているのがありありと伝わってきた。
『あ、天羽様。も、申し訳ありません。我々のレーダーの波長が、そちらの……ええと、アンテナに干渉してご不便をおかけしたようで……!』
「ええ、困ってたんです。おかげでテレビの寿命が縮んだかもしれない」
『っ! す、すぐにお詫びの品をお送りします! どのようなものがよろしいでしょうか!?』
リビングの古いテレビへ視線を向ける。
未亜がドラマの放送開始を待ちわびている。
「じゃあ、最新型の有機ELテレビ。65インチのやつ。あと、動画配信サービスのプレミアムプラン、永久無料でアカウントください。連れが映画とか好きなんで」
『ろ、65インチのテレビと、動画の無料アカウント……!? そ、それだけで、我々への報復は免除していただけるのですか!?』
「報復? 別にしませんよ。ドラマ始まるんで切りますね」
通話を切断。
一時間後。
ドラマが中盤に差し掛かった頃、黒塗りの巨大なトラックが家の前に到着。防護服姿の屈強な男たちが、震える手で超大型の最新4Kテレビを搬入していった。
動画配信サービスのVIPアカウントが設定済みの、最高級品。
「えええっ!? カケル君、何これ!?」
「市役所の通信障害のお詫びキャンペーンだってさ。これで好きな映画見放題だぞ」
「すごーい!」
大画面に映し出される、圧倒的に美麗な映像。
未亜は歓声を上げ、俺たちは最高画質でドラマの結末を見届けた。
月五十万の不労所得に、最高級の食卓、そして最高の娯楽設備。
理想とする「究極の引きこもり環境」は、着実に完成へと近づきつつあった。
……しかし、事態はまだ終わっていなかった。
同刻。都内の薄暗い雑居ビルの一室。
「間違いない。『世界樹の若葉』の波長だ。たった数秒だったが、確かにあのエリアから反応があった」
モニターのノイズを見つめる、ローブ姿の男。
国内最大手クラン『蒼天の剣』を裏で操る、闇の魔導結社の幹部。
彼は暗闇の中でニヤリと笑い、テーブルの上の『暗殺指令書』に、俺の住む街のエリアコードを書き込んだ。
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