第10話:動き出す世界と取り残される元クラン
圧倒的な映像美。
有機ELパネルが描き出す色鮮やかな世界に、未亜は目を輝かせていた。
保安庁からせびり取った65インチの最新4Kテレビ。スピーカーから流れる重低音が、冷房の効いた快適なリビングを震わせる。
画面に映るのは、緊迫した面持ちのニュースキャスター。
『――続いてのニュースです。昨今、世界中で神出鬼没の「謎の錬金術師」の噂が沸騰しています』
純度100%の巨大魔石。
欠損部位すら瞬時に治癒する世界樹の若葉。
そして、首都圏の防衛レーダー網を軽々とすり抜けた未知のステルス波長。
『各国政府や裏社会は、この規格外の存在を「国家安全保障の最高重要案件」として特定を急いでおり――』
「すごいね、この錬金術師の人。映画の主人公みたい」
ポテトチップスをつまみながら、のんきな感想をこぼす未亜。
「そうだな。まあ、俺たちには縁のない世界の話だよ」
冷えたコーラを喉に流し込む。
自分がその張本人だなどと告げて、この小市民的な平和を壊すつもりはない。
画面が切り替わる。
『次です。国内最大手クラン「蒼天の剣」が、本日付けで破産手続きを開始しました』
見慣れたクランのエンブレムが、無惨に剥がれ落ちる映像。
十億円の最新鋭武器の自爆事故。五十億円の魔導装甲車の完全なスクラップ化。度重なる大惨事によって天文学的な負債を抱え、クランは事実上の崩壊。
経営トップであったクランマスターと副マスターは、投資家への背任容疑で今朝がた逮捕されたらしい。
報道陣の無数のフラッシュを浴びながら、手錠をかけられた副マスターが血走った目でカメラに叫んでいた。
「あ、あいつのせいだ! 天羽カケルの呪いだぁぁっ! 頼む、あいつを呼んでくれ! そうすればクランは救われるんだぁぁっ!」
無能と見下していた人間にすがりつく、哀れなピエロ。
「ん? カケル君って名前、呼ばれてなかった?」
「気のせいだろ。同姓同名じゃないか」
はぐらかした直後、テーブルの上のスマホが震えた。
画面には非通知の表示。
嫌な予感がしつつ、通話ボタンを押す。
「はい」
『天羽ァァァッ! 頼む、助けてくれぇぇっ!』
鼓膜を突き破るような、副マスターの泣き声。
『俺が悪かった! お前はただの雑用じゃなかった! お前がいなくなってから、クランの装備が次々と爆発して、もう終わりなんだ! 頼むから戻ってきて、異常なシステムを元に戻してくれ! 報酬は月に一億でも払うから!』
「月に一億って、あんたのところ今日破産したじゃないですか。ニュースで見ましたよ」
『ひっ……!』
「だいたい、俺はただ装備のホコリ取って排熱してただけです。戻るも何もないですよ」
『ほ、ホコリ取り!? あんな神話級のメンテナンス技術が、ただの掃除だというのか!? お前は一体、クランの地下で何を――』
「すみません、今から連れと映画見るんで切りますね」
ブツッ。
大の大人の嗚咽を、通話終了ボタンで強制シャットアウトする。
ピコン。
間髪入れず、スマホの上部で銀行アプリの通知が光った。
『オシラセ:ソウテンノツルギ シサンサシオサエニトモナウ フトウカイコバイショウキン ソウキン』
『お振込:サイバンショ 5,000,000円』
どうやら、労働基準局に叩きつけていた不当解雇の訴えが通り、クランの凍結資産から強制執行で賠償金がぶん取られたらしい。
映画を見る前に、五百万の臨時ボーナス。悪くない。
「カケル君、映画始まるよー!」
「今行く」
未亜がオープニング映像に夢中になっている隙を見計らい、こっそりと地下室へ降りる。
いよいよ本番。これまでの作業は、すべてこのための「静かで安全な環境作り」に過ぎない。
未亜の足の後遺症を完全に治癒するための、神薬調合だ。
手元には『世界樹の若葉』の予備と、地下深くから汲み上げた高純度の魔力水。
視界の端でスキル『論理最適化』を起動し、ホログラムウィンドウを展開する。
スマホのシステム診断画面と同じ。
『抽出プロセス:成分未抽出』
『ステータス:薬草の粉砕不足』
真っ赤な警告表示。
手元にあるすり鉢とすりこぎ棒を見る。普通に擂り潰そうとしても、世界樹の葉を構成する強靭な魔力繊維が硬すぎて、人間の腕力ではロスが多すぎるのだ。
無理に潰せば摩擦熱で成分が飛び、また電波障害を起こしかねない。
「……もっと摩擦ゼロで、一瞬にして細胞壁を壊す『すりおろし方』が必要だな」
普通の調理器具では限界がある。
明日にでも、百均で手頃な道具を買ってきて魔力加工するしかない。
エラーログを閉じ、地下室を後にする。
リビングに戻ると、未亜がクッションを抱きしめて映画のヒロインに感情移入していた。
エアコンの涼しい風。真新しい超大型テレビの高画質。
俺の求める「究極の堕落インフラ」の基礎は、着実に固まりつつある。
――しかし。
世界は、一人のFランク探索者を平和な日常に放置しておくほど甘くはなかった。
同時刻。
実家から数キロ離れた、廃工場の屋上。
闇に溶け込むような黒装束の集団が、冷たい夜風にマントを揺らしている。
「蒼天の剣」を裏で操り、世界の裏社会を牛耳る闇の魔導結社。その精鋭部隊である『暗殺課』の面々だ。
「……電波障害の起点、および『世界樹の波長』が消失した空間座標の特定が完了した」
リーダー格の男が、暗視スコープから目を離す。
視線の先にあるのは、閑静な住宅街。
俺と未亜が映画を見ながらくつろいでいる、あの古い一軒家。
だが、その周囲には日本の警察の精鋭部隊が24時間体制で目を光らせ、家屋自体からも得体の知れない防衛魔力の波動(お掃除ロボット)が微かに漏れ出している。
「……目標はFランクの無能一人のはずだが、あの家は異常だ。国家の警察機構が番犬となり、神話級の結界まで張られている。迂闊に踏み込めば全滅だ」
男の手の中で、禍々しい魔力を放つ短剣がギラリと鈍い光を反射する。
濃厚な血の匂い。
「総員、周囲に潜伏して待機しろ。標的が、結界の外――日用品の買い出しなどで外出する瞬間を狙う。奴が隙を見せたその時、肉片一つ残さずこの世から消し去れ」
冷酷な殺意の声が、夜の闇へと溶けていく。
平和な引きこもり生活を満喫する俺が、明日、ポーション用の『大根おろし器』を求めて100円ショップへ向かうことなど、彼らはまだ知る由もなかった。
冷酷な殺意の声が、夜の闇へと溶けていく。
「面白い!」「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ブックマークに追加と、評価で応援していただけると、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!




