第8話:町内会の特別警備と、お見舞金
窓の外で、赤色灯がチカチカと回っている。
パトカーのけたたましいサイレン。せっかくの穏やかな朝の空気が、完全にぶち壊されていた。
「カケル君……お隣の奥さんとか、みんな外に出て見てるよ。うち、何か悪いことしたって噂されないかな……」
食卓で焼き鮭をつついていた未亜が、不安そうに窓の外を窺う。
昨夜、自動お掃除ロボット(ダンジョンの防衛システム)が家の外へ吐き出した密猟者たち。彼らを回収しに来た警察が、なぜかそのまま家の前を封鎖して大騒ぎしているのだ。
「大丈夫だよ。ちょっと話してくる」
箸を置き、サンダル突っ掛けで玄関を出る。
家の周囲には黄色い規制線。ものものしい装備の機動隊が、家をぐるりと取り囲んでいる。
その中心。胸に大量のバッジをつけた恰幅の良い男——管轄署の署長が、青ざめた顔で我が家を見上げていた。
傍らに立つ魔導捜査官が、震える声で報告している。
「署長! 信じられません。この家屋全体が、未知の術式による『絶対防衛結界』で覆われています! 空間そのものをねじ曲げ、対象を強制排除する神話級の防御陣です!」
「ば、馬鹿な。たかが木造一軒家に、国家防衛レベルの魔導要塞が構築されているというのか……!?」
額の汗をハンカチで拭う署長。
俺は欠伸を噛み殺しながら、規制線をくぐった。
「あの、サイレン止めてもらえます? 近所迷惑なんで」
声をかけると、署長と捜査官がビクッと肩を跳ねさせた。
「き、貴様がこの要塞の主か!?」
「要塞じゃなくて実家です。あと、ただのゴミ出しですよ」
視界の端でスキル『論理最適化』を起動し、ホログラムウィンドウを展開する。
スマホの設定画面と同じだ。
『プロセス:お掃除ロボット(自動ゴミ収集)』
『ターゲット:警察車両(※除外リストに追加済)』
『ステータス:待機中』
警察までゴミとして吸い込んで外に放り出しては面倒なので、一応『除外設定』にしておいたのだ。
「昨日の夜、不法投棄みたいなでかいゴミが入ってきたんで、お掃除ロボの設定をオンにしただけです。ゴミ箱がいっぱいになったら、自動で外に捨てるやつあるじゃないですか。あれと同じ」
「お、お掃除ロボ!? ゴミ箱!?」
署長は目を見開き、口をパクパクさせた。
「あれほどの屈強なAランク犯罪者たちを、空間ごと圧縮して外へ弾き飛ばす超絶魔術が……ゴミ出しだと!? いったいどんな頭の構造をしていれば、そんな出鱈目な術式を組めるんだ!」
「だから術式じゃなくて、ただの家電の設定です。ボタン一つですよ」
「ぼ、ボタン一つで……国家を滅ぼせる結界を起動したというのか……!」
勝手に畏怖し、ガタガタと震え始める署長。
俺は小さくため息をついた。
「それより、パトカーがずっと停まってると、ご近所の目が気になるんです。連れが怖がってるんで」
「ひっ……!」
「それに、町内会費の集金とか、ゴミ当番の押し付け合いとか、色々と面倒なんですよね。変な噂が立って村八分にでもなったら最悪なんで、早く帰ってもらえませんか」
眉をひそめると、署長は顔面を蒼白にした。
『この男の機嫌を損ねれば、この町ごとゴミとして空間排除されかねない!』
そう勘違いしたらしい。
「わ、わかった! サイレンは今すぐ止める! だが、どうかその恐ろしいお掃除システムは作動させないでくれ!」
署長が土下座の勢いで頭を下げる。
「あの不審者どもは、警察の威信にかけて二度とこの家に近づけないと約束する! 本日より、我が署のエリート部隊を二名、二十四時間体制でこの家の警備にあたらせよう!」
「二十四時間? いや、そこまでしなくても」
「させる! させてください! 警察が責任を持ってゴミ(犯罪者)を排除します!」
署長は必死だった。
お掃除ロボットが暴走(と彼らは思っている)する前に、物理的な警備網で未然に防ごうという腹らしい。
「あ、それとご近所への迷惑料と、警察からの見舞金として、今すぐ三十万円を振り込ませていただきます! どうかこれでご容赦を!」
ピコン。
スマホの上部に、銀行アプリの通知が光る。
『お振込:ケイサツチョウ(ミマイキン) 300,000円』
「あ、確認しました。でもこれ、また雑所得扱いで来年の確定申告の計算が面倒になるんですけど。そっちで非課税の事務処理とか、全部やっといてくれますか?」
「 は、はいっ! もちろん警察の特別権限で、天羽様の口座情報には一切の監査が入らないよう、完璧に処理いたします!」
「ああ、ならいいです。」
「さらに町内会の問題でしたな! ご安心ください、警察から町内会長に直接『極秘の要人警護対象』として通達を出します! 今後の町内会費も、面倒なゴミ当番も、すべて永久免除の手続きを取らせていただきます!」
「おお、町内会費がタダに。それは助かりますね」
臨時収入の三十万に、ゴミ置き場のネットを畳む面倒な当番からの解放。
これで外からの邪魔も入らず、心置きなく地下で薬の開発に集中できる。
「じゃあ、警備よろしくお願いしますね。うるさくしないでくださいよ」
「はっ! 命に代えましても!」
直立不動で最敬礼する署長。
踵を返し、家の中へと戻る。
リビングでは、サイレンの音が止んで静かになったことに未亜が安堵の表情を浮かべていた。
「カケル君、警察の人、何て?」
「ああ。ご近所の誤解は解いてくれるって。ついでに、うちの防犯パトロールも毎日やってくれるらしい」
「えっ、本当!? すごいね、カケル君!」
「おまけに、これからの町内会費もゴミ当番も全部免除。迷惑料で三十万ももらった」
「ふふっ、それはすごく助かるね」
未亜がパッと花が咲いたように笑い、冷めた鮭を電子レンジで温め直してくれた。
外では、国家権力が大真面目に一個人の実家の警備員として、家の周囲を巡回し始めている。
だが、そんなことは俺たちの平和な食卓には関係ない。
最高級スーパーの割引パスで買った極上の和牛の余りと、温かいご飯。
それさえあれば、俺たちの日常は完璧に回っていくのだ。
……しかし、この時の俺はまだ気付いていなかった。
未亜の足を治す『神薬』の精製に向け、地下で新たな魔力プロセスの構築(試作)を始めたことが、思いもよらない巨大なノイズを生み出していたことに。
「……長官! 緊急事態です!」
霞が関、国家ダンジョン保安庁。
血相を変えたオペレーターの怒号が、中央管制室に響き渡る。
「首都圏上空の魔力観測レーダーに、未知の極大干渉波を検知! このままでは、我が国の防衛監視網が完全にブラックアウトします!」
「何だと!? いったいどこの誰が、そんな真似を――」
モニターに映し出されたノイズの震源地を見た長官は、そのまま言葉を失い、恐怖に顔を歪ませた。
本日、15時10分と20時10分にも第9話、第10話と投稿致します!
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