第7話:自動お掃除ロボットと、深夜のゴミ出し
深夜。
エアコンの効いた快適な寝室。光熱費を気にせず適温を保てる布団の中は、まさに天国だ。
トントン。
控えめなノックの音。
「カケル君……起きてる?」
ドアを開けると、パジャマ姿の未亜が青ざめた顔で立っていた。
「ごめん、起こしちゃって。でも、玄関のほうでガチャンって物音がして……。誰かいるみたい」
彼女の不自由な足が微かに震えている。
目をこすりながら、廊下に耳を澄ませる。
確かに、複数の足音が家の中を物色する気配。
一方、その数分前。
実家の外周は、黒装束に身を包んだプロの密猟者集団に完全に包囲されていた。
裏社会で暗躍する彼らの目的は一つ。
先日、探索者ギルドで騒ぎになった『寿命を延ばす霊草』の出処を探ること。
ギルド長が厳重に情報統制を敷いたものの、完璧ではない。「あの草を持ち込んだ奴がこの住宅に住んでいる」という不確かな噂が、裏社会のネットワークにわずかに漏れ出していたのだ。
「おい、本当にこんなただの民家にあの霊草があるのか?」
「ギルドの極秘データベースから漏れた住所だ。間違いない」
密猟者のリーダーが、ピッキングツールで玄関の鍵をこじ開けた。
「標的はFランクの無能と、足の悪い女だけ。霊草を見つけて裏ルートで売り捌けば、俺たちは一生遊んで暮らせるぞ」
下卑た笑いを浮かべ、彼らは土足で家に上がり込んだ。
逃走経路を確保するため、玄関のドアは大きく開け放ったままだ。
俺は寝室のドアの隙間から、ホログラムウィンドウを展開した。
スマホのシステム診断画面と同じ。
家の周囲からダンジョン浅層にかけての魔力フローを可視化する。
『プロセス:空間防衛』
『ステータス:未登録の大型異物(5件)を検知』
『警告:手動による排除が必要です』
面倒くさい。
わざわざパジャマのまま玄関まで行って、物騒な連中と殴り合う気などゼロだ。
明日は未亜と一緒に、スーパーの特売へ行く予定がある。ブラックパスを使えばさらに九割引きだ。こんな連中のために、貴重な睡眠時間を削るわけにはいかない。
ホログラムのパネルを操作する。
家の中に漂う微小な魔力の流れを、一本の線に繋ぎ合わせた。
難しい魔術障壁の設定など不要。お掃除ロボットの『自動ゴミ収集モード』をオンにするだけである。
ターゲットを『未登録の異物』に設定。
排出先を『家の外』に指定。
あとはスイッチを入れるだけ。
カチリ。
赤いエラー表示が『正常』に反転する。
その瞬間。
廊下を忍び歩いていた密猟者たちは、足元の異変に気づいた。
「な、なんだ!? 床が光って……!」
床一面に敷き詰められた見えない魔力の流れが、一斉に玄関へ向かって動き出したのだ。
それは空港にある『動く歩道』か、あるいは圧倒的な吸引力を持つ掃除機のブラシ。
「うおああっ!?」
「足が、勝手に……! なんだこのふざけた魔法は!」
屈強な密猟者たちが床に這いつくばり、必死にフローリングにしがみつく。
だが、無駄だ。
『お掃除ロボット』は容赦なくゴミを吸い込み、掃き出す。
ズザザザザッ!
「ひぃぃぃっ! 止まらねぇ!」
「助け、助けてくれぇぇぇっ!」
5人の密猟者は床の上をものすごい勢いで滑っていき、開けっ放しの玄関からポンッと勢いよく外へ吐き出された。
ドサッ! バキィッ!
庭の生け垣に頭から突っ込み、白目を剥いて気絶する男たち。
そのまま自動で玄関のドアがバタンと閉まり、鍵がガチャンと締まる。
これで『お掃除』完了だ。
「……えっ? 今の悲鳴、何……?」
背中にしがみつく未亜が、震える声で聞いてきた。
「ああ、気にしなくていいよ。お掃除ロボットがでかいゴミを外に捨ててくれただけだから」
「お掃除、ロボット? カケル君の家にそんなのあったっけ……?」
「最近買ったんだよ。すごく性能がいいんだ。変なゴミは全部出しといたから、安心して寝ていいよ」
「そ、そうなんだ……。よかった」
不思議そうな顔をしつつも、俺の言葉にホッと息を吐く未亜。彼女は自分の寝室へ戻っていった。
翌朝。
サイレンの音で目を覚ますと、家の前にパトカーが数台停まっていた。
生け垣に突き刺さっている不審者5名を、巡回中の警官が発見したらしい。
事情聴取に来たベテラン刑事が、パトカーに押し込まれる密猟者たちを見て顔を引きつらせている。
「いやあ、お手柄ですよ天羽さん。こいつら、ずっと追っていた凶悪なAランク密猟団でしてね。ただ……供述がどうもおかしいんです」
「おかしい?」
「ええ。『この家には国家元首のシェルターすら凌駕する、不可視の強制排除魔術が敷かれている』と泣き叫んでいまして。天羽さん、一体どんな恐ろしい防衛システムを……!?」
「防衛システム? いや、お掃除ロボットで変なゴミを外に出しただけですけど」
刑事は口をパクパクさせた。
「お掃除ロボット!? ゴミ!? あのAランク密猟団を、ただのホコリと同列に……!?」
「まあ、夜中に来られると迷惑なんで」
絶句する刑事をよそに、俺はあくびを噛み殺した。
刑事は震える手でタブレットを操作し、画面をこちらに向ける。
「か、彼らには懸賞金がかかってましてね。逮捕協力の報奨金として、天羽さんの口座に二百万円振り込まれる手はずになっています」
ピコン。
スマホの上部で、銀行アプリの通知が光る。
『お振込:ケイサツチョウ 2,000,000円』
「あ、確認しました。でもこれ、また雑所得扱いで税務署からお尋ねが来ると面倒なんですけど。そっちで非課税の処理とか全部やっといてくれますか?」
「ひっ……! は、はい! もちろん警察の特別権限で、天羽様の口座情報には一切の監査が入らないよう完璧に処理いたします!」
「ああ、ならいいです。ご苦労様です」
ゴミを出しただけで二百万入り、面倒な税務処理も丸投げできた。悪くない。
軽く頭を下げ、家の中に戻る。
「カケル君、朝ごはんできたよー!」
リビングから聞こえる未亜の明るい声。
パジャマから着替え、食卓へ向かった。昨日スーパーで9割引きで買った極上の鮭の切り身が、香ばしい匂いを漂わせている。
ゴミ出しの臨時収入。そして美味しい朝ごはん。
裏社会の陰謀など、これからもお掃除ロボットに任せておけばいい。
俺は焼きたての鮭を口に運び、平和な朝を満喫した。
……はずだった。
ウゥゥゥゥゥッ!!
突如、窓の外からさらにけたたましい複数のサイレンが響き渡る。
ただのパトロールカーではない。重厚な装甲車のエンジン音。
『Aランク密猟団を無傷で一瞬にして制圧する、未知の魔導要塞が存在する』。
先ほどのベテラン刑事の震え声の報告を受けた警察上層部が、国家の危機と勘違いして完全にパニックを起こしたらしい。
窓の隙間から外を覗く。
そこには、完全武装した数十人の機動隊員たちと、青ざめた顔で拡声器を握りしめる警察署長の姿があった。彼らは今、圧倒的な警戒態勢で、ただの木造一軒家である俺の実家をぐるりと完全包囲している。
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