第6話:迷惑お断りインターホン
高級スーパーの割引パスのおかげで、今夜の食卓は最高級和牛のすき焼きだ。
甘辛い香りがリビングに漂う。
だが、未亜が鍋の番をしながら、不安げに廊下をちらちらと見ていた。
「カケル君……さっきから、地下室のドアの隙間から変な赤い光が漏れてて。ブーンって怖い音もするし……」
「赤い光?」
箸を置き、俺は地下室の扉を開けた。
思わず目を細める。
薄暗い階段の空間に、網の目のように真っ赤なレーザー光線が張り巡らされていた。
チリ一つ触れただけで、空間ごと対象を消し炭にする極大殲滅トラップ。
ダンジョンの領域が深くなり、自動防衛システムが作動したらしい。
俺はスキル『論理最適化』を起動した。
視界に半透明のホログラムウィンドウが浮かぶ。スマホのシステム診断と同じだ。
『プロセス:防衛システム.exe』
『ターゲット:動くもの全て』
『ステータス:無差別殲滅モード(エラー)』
迷惑極まりない仕様だった。
動くものなら何でも過剰に反応して警報を鳴らす、ポンコツの防犯センサーと同じだ。
深夜に野良猫が横切っただけで、大音量でサイレンを鳴らすようなもの。近所迷惑にもほどがある。
未亜が怖がるのも当然だ。
それに、これから地下で薬の開発を進めるにあたって、こんなノイズを出されては集中できない。静かで安全な開発環境を整える必要があった。
俺は階段の入り口に立ち、空中に張り巡らされた赤い光の線に指を伸ばした。
小難しい解除の呪文などいらない。
ただ、インターホンの「セールスお断り」の設定をオンにするだけだ。
対象の識別リストを開き、俺と未亜の生体パターンを『家族』として登録する。
それ以外の無断侵入者(セールスや害虫)はすべて『シャットアウト』に設定。
そして、無駄に出力を上げすぎている赤い光を、一番暗い設定まで絞り込んだ。
カチリ。
赤いエラー表示が一斉に『正常』に変わる。
凶悪な殺意を放っていた赤いレーザー網がフッと消えた。
代わりに、足元の段差を照らすように、温かみのあるオレンジ色のフットライトがポツポツと灯った。
「ようこそ」と言うように、柔らかな光が階段を下まで案内している。
「おっ、いい感じだな」
足を怪我している未亜でも、これなら夜中に地下へ降りてもつまずかない。
その頃。
霞が関の地下深く。国家ダンジョン保安庁の中央管制室。
先日、俺に特級免税ライセンスを発行した長官が、警報の鳴り響くモニターの前で頭を抱えていた。
「首都圏で『古代迎撃兵器アイギス』が起動しただと!? 馬鹿な! あれは神話時代の遺物だぞ!」
「間違いありません! 迎撃レーザーが一発でも発射されれば、関東平野が消し飛びます!」
「すぐに総理を避難させろ! 全軍に第一種戦闘態勢を――」
絶叫する長官の声を、オペレーターの間の抜けた声が遮った。
「えっ? あ、長官……。アイギスの出力が、突然0.0001%まで低下しました。これは……『足元照明モード』?」
「足元照明? はあ!?」
モニターに映る超高密度のエネルギー波形が、完全に沈黙し、ただの豆電球レベルで安定していた。
長官の顔が引きつる。思い当たる人物は一人しかいない。
俺はリビングに戻り、すき焼きの肉を卵に絡めようとしていた。
スマホが震える。着信表示は『保安庁長官』。
「はい」
『あ、天羽様ァァァッ!!』
電話越しに、長官の裏返った悲鳴が響く。
『今度は何をされたのですか!? 国家消滅レベルの古代兵器が、なぜ足元を照らすライトに変わっているんです!?』
「ああ、あの赤い光ですか。インターホンの設定変えただけですよ。野良猫にいちいち反応してうるさいんで。セールスお断りにして、ついでにフットライトにしました」
『セールスお断り!? フットライト!? 神話の防衛システムを、家電のスマートホーム感覚で……!?』
長官が息を呑む音が聞こえた。
『も、もしや天羽様……我々が兵器に怯えているのを見て、安全な照明に作り変えてくださったのですか? この国を守るために……!』
「いや、連れが怖がってたんで。眩しいし」
『つ、連れが怖がったから!? たったそれだけの理由で、世界の危機をあっさり沈めたというのか……!』
長官は勝手に感動し、咽び泣き始めた。面倒くさい。
『天羽様! その防衛システム,絶対に元の設定に戻さないでください! システムの管理委託料として、毎月五十万円をお支払いします! 初回登録料の百万円は今すぐ振り込みましたから!』
ピコン。
スマホの上部に、銀行アプリの通知が光った。
『お振込:コッカホアンチョウ 1,000,000円』
「あ、確認しました。でも現金で振り込まれると、来年の確定申告の計算が狂うんで迷惑なんですけど。その五十万、経費扱いで研究機材とか、医療用具の現物支給に変えてもらえませんか? 手続きもそっちでやってください」
『け、研究機材の現物支給!? 承知いたしました! 国家の威信にかけて、最高峰のラボ環境を無償提供させていただきます!』
「ああ、それは助かります」
通話を切る。
「誰からだったの?」
「市役所の人。防犯ライトの設置に補助金が出るらしい」
俺は適当にごまかし、最高級の和牛を口に運んだ。
とろけるような肉の旨味が広がる。
「よかった! これで安心してご飯食べられるね」
未亜が嬉しそうに微笑む。
世界を滅ぼす古代兵器も、俺たちにとってはただの便利な足元照明だ。
俺はすき焼きのネギをつまみながら、平和な夕食を満暇した。
……しかし、この平和な夜は長くは続かなかった。
深夜。家を包み込む静寂を破るように、カチャリ、と玄関の鍵をこじ開ける異音が響く。
霊草の噂を嗅ぎつけた黒装束の密猟者たちが、ついに我が家に足を踏み入れたのだ。
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