表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/46

第5話:鉢植えの根詰まりと、スーパーのVIPパス

エアコンの冷気が部屋を快適に保っている。

光熱費永年無償化の恩恵は絶大だ。


だが、生活の悩みは尽きない。

「はぁ……。最近、本当に野菜が高いね。キャベツ一玉で五百円だよ」


テーブルの上で、スーパーのチラシを見ていた未亜がため息をついた。

彼女の手元には、今日も俺のために作ってきてくれたタッパーのおかずがある。

だが、中身は安価なモヤシ炒めだ。

足を怪我して探索者を引退した未亜の収入は多くない。無理をさせているのは明白だった。


俺の口座には、クランからむしり取った着手金を含めて一千万以上の残高がある。

だが、その現金をいきなり渡せば、未亜は気を使って受け取らないだろう。

もっとスマートに、日常の食費を根本から削減する方法が必要だった。


俺は地下室の扉を開けた。

空間の魔力漏れ(窓の隙間)を塞いで以来、ダンジョン内の環境は安定している。

ふと、岩肌の隅に生えている「雑草」に目が止まった。


俺はスキル『論理最適化』を起動した。

視界に半透明のホログラムウィンドウが浮かぶ。スマホのシステム診断と同じだ。

対象の植物のステータスが、文字列となって展開される。


『光合成プロセス:3%』

『根部からの養分吸収:詰まりエラー』

『ステータス:根詰まりによる枯死寸前』


一目で原因がわかる。

ベランダに何年も放置された鉢植えと同じだ。

伸びすぎた根が土の中で絡み合い、お互いの首を絞め合って息ができなくなっている。土もカチカチに固まっているのだろう。


小難しいドルイドの植物魔法などいらない。

俺はしゃがみ込み、雑草の根元に指を差し込んだ。

固まった土をほぐすように、見えない魔力の根の絡まりを指先で弾いて解いていく。

指示通り、階段に置いてあった空のペットボトルから、水道水をチョロチョロと垂らした。


カチリ。

赤いエラー表示が一斉に『正常』に変わる。


ズズズッ!

瞬く間に、雑草が水道水を吸い上げた。

萎びていた葉が急激に膨り、エメラルドグリーンの眩い光を放ち始める。

大ぶりの、ひときわ美味そうなほうれん草のような形になった。


「おお。栄養満点だな」


この圧倒的な生命力なら、未亜の足の古傷を治す薬の材料になる。

だが、画面のログを見る限り不純物が多すぎる。そのまま飲ませるのはリスクが高くて無理だ。安全な薬として精製する方法を確立する必要がある。

検証用の余りとして数本を引き抜き、スーパーのレジ袋に放り込んだ。


同日、昼。

東京都心にある探索者ギルド本部、特別査定室。

歴戦の猛者であるギルド長が、白手袋をはめた手をガタガタと震わせていた。


「な、なんだこれはあああっ!?」

「ど、どうされましたギルド長!?」


若手職員が慌てて駆け寄る。

ギルド長は、机の上のレジ袋を指差して絶叫した。


「見ろ! この圧倒的な生命の波動を! これは伝説の『世界樹の若葉』だ! 一葉すり潰して飲むだけで、あらゆる内臓疾患を治し、寿命を十年延ばすという幻の霊草だぞ!」

「せ、世界樹!? 絶滅したはずでは……!?」

「ああ! それがなぜ、近所のスーパーのレジ袋に無造作に突っ込まれているんだ!」


ギルド長が血走った目で俺を見た。


「き、貴様! いったいどこの未踏破ダンジョンからこれを持ち帰った!?」

「いや、実家の地下の鉢植えです。根詰まりしてたんで、ほぐして水道水あげただけです」

「す、水道水!? 塩素まみれの水道水で神の植物を栽培したというのか!? いったいどんな神域の農法だ……!」


ギルド長が泡を吹いて倒れそうになる。

大げさすぎる。俺は時計を見た。


「で、これいくらになります? 早く帰らないと」

「い、いくらだと!? 国家予算レベルだ! とりあえず百億円……いや、二百億円で即金で買い取らせてくれ!」

「二百億」


俺は眉をひそめた。

そんな大金、税金の手続きが面倒すぎる。

それに、家に二百億の現金を置いたら未亜が気絶してしまう。


「現金は間に合ってるんで、いらないです」

「は……?」

「それより、俺の知り合いが野菜の値段が高くて困ってるんです。何かいい割引券とかありませんか?」


ギルド長が完全にフリーズした。

口をパクパクさせ、脳の処理が追いついていない顔をする。


「や、野菜の値段……? 国家を買える霊草の対価が、割引券……?」

「はい。無理なら他所に行きますけど」

「ま、待て! 待ってくれ! ギルドは全国展開の高級スーパー『ロイヤル・フレッシュ』の親会社だ! すぐに最高ランクのVIPブラックパスを発行する!」


ギルド長は猛烈な勢いで内線をかけ、一枚の黒いカードを取り寄せた。


「これを見せれば、全国どの店舗でも食料品が永久に全品9割引きになる! 限度額もない! だから霊草を置いていってくれ!」

「おお、それは助かります」


俺は黒いカードを受け取り、さっさと査定室を後にした。


実家のリビング。

俺がテーブルに黒いカードを置くと、未亜が目を丸くした。


「カケル君、これ……ロイヤル・フレッシュのブラックパス!? 超富裕層しか持てないやつだよ!?」

「地下で生えてた草と交換してもらった。これでキャベツも肉も9割引きだ。好きなだけ買えるぞ」

「えええっ!? ただの草で!?」


未亜が信じられないという顔でカードを見つめる。

開いた口が塞がらない様子だ。すぐに、パッと花が咲いたような笑顔になった。


「じゃあ、今日は和牛のすき焼きにしよう! 野菜もたっぷり入れて!」

「いいな。最高だ」


俺たちは冷房の効いた部屋で、チラシを見ながら夕飯の買い出しの相談をした。


その頃。

ギルド本部では、『寿命を延ばす霊草』の発見により、各国政府や医療機関のトップを巻き込んだ世界規模の緊急会議が開かれていた。


「あ、カケル君。すき焼きのネギ、多めでもいい?」

「ああ、任せるよ」


俺にとっての『極大価値』は、未亜と一緒に食う安くて美味い夕飯だけだ。

世界の熱狂など、知ったことではない。


だが、俺たちは知らなかった。

ギルド長がどれだけ情報統制を敷こうとも、完全ではないことを。

『寿命を延ばす霊草』の出処を探る裏社会のネットワークが、すでにこの実家の住所を特定しつつあることを――。

本日、15時10分と20時10分にも第6話、第7話と投稿致します!


「面白い!」「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ブックマークに追加と、評価で応援していただけると、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ