第45話:浄水器のフィルターと、霊脈の浄化
青白い光のポータル。
通り抜け、実家のリビングへ帰還する。
外は真夏の猛暑。
ジリジリとアスファルトを焼く熱気。
だが、部屋の中はエアコンが完璧に稼働。設定温度は二十度。
涼しい風が火照った肌を撫でる。
縁側の窓越し。
物干し竿に掛けられた布団。
火山灰の直撃を免れ、太陽の光を吸い込んでフカフカに膨らんでいる。
「よかったぁ。お布団、無事だね!」
未亜が窓ガラスに張り付く。
胸を撫で下ろす。
日常の防衛の完了。
ソファに腰を下ろす。
浴衣のポケットを探る。
富士山のマグマ溜まりからかき集めた、真っ黒な球体。
S級瘴気の圧縮体を取り出した。
冬場のストーブの燃料。
だが、このまま燃やせば一酸化炭素のような有毒なガス(アク)が出る。
部屋の中で使うには、不純物が多すぎる。
室内環境における、健康被害のリスク。
明確なエラー。
「ちょっとアク抜きするか」
視界の端。
『論理最適化』のスキルを起動。
空中に半透明のホログラムウィンドウを展開する。
『プロセス:S級瘴気コアの成分分離』
『ステータス:高濃度の有害魔力素子』
『対象:浄水器の濾過フィルター』
真っ赤なエラーログが流れる。
キッチンの蛇口に付いている、浄水器のカートリッジの論理。
活性炭と中空糸膜のフィルター。
水を通し、カルキやカビの臭い、不純物だけを吸着して取り除く。
ターゲットを『黒い球体の魔力構造』に設定。
有毒な瘴気成分を「サビや泥」。
純粋な魔力エネルギーを「水分子」と定義する。
ミクロの網目を空間に展開。
球体の内部に、濾過のベクトルを上書きしていく。
「フィルター、オン」
実行ボタンをタップ。
カチリ。
赤いエラー表示が、流れるように『正常』へと切り替わる。
ピキッ。
手のひらの上の黒い球体。
表面に、細い亀裂が走った。
直後。
パァァァァッ……!
真っ黒だった外殻が弾け飛ぶ。
中から眩いほどの光が溢れ出した。
有毒な瘴気がフィルターによって完全に濾過される。
純度100%のクリーンな魔力エネルギーへの変換。
無数の光の粒子。
リビングの空間に、フワフワと舞い散る。
「わぁっ……! キラキラして綺麗だね!」
未亜が目を輝かせる。
宙を舞う光の粒に手を伸ばす。
数十分前まで、日本列島の半分を消し飛ばすはずだった致死の毒ガス。
プラネタリウムの演出。あるいは線香花火。
無害な光の瞬き。
光の粒子は、そのまま床や壁に吸い込まれていく。
実家の魔力インフラへの、完全な統合。
『エネルギー充填率、限界突破。向こう数百年の稼働電力を確保』
部屋の隅。
システムエージェントであるセレナが、淡々と数値を読み上げた。
これで、どれだけ冷暖房をフル稼働させても、自家発電のエネルギーが尽きることはない。
冬場の暖房代の完全な無料化。
ランニングコストの消滅。
「よし。これで電気代はタダだな」
「うんっ! イルミネーションみたいで楽しかった!」
冷えた麦茶の入ったグラスを手に取る。
一気に飲み干す。
平和な休日の午後。
***
市ヶ谷、防衛省・中央指揮所。
喧騒と絶望に包まれていた地下空間。
重苦しい沈黙。
「ふ、富士山のマグマ溜まり……完全鎮静化……」
メインモニターを凝視していたオペレーター。
震える声での報告。
「それだけではありません! 観測史上、類を見ない現象が起きています!」
「なんだ、言ってみろ!」
部隊からの通信。
司令官が身を乗り出す。
額には冷や汗。
「火口付近を覆っていた高濃度の瘴気が、一瞬にして消滅! 逆に、極めて純度の高い『神聖な魔力』が霊峰全体を包み込んでいます!」
スクリーンに表示された、富士山の環境データ。
全域を覆っていた赤黒い警告色。
それが完全に消え去る。
清浄を示す青白い光の波紋。
富士山を中心として、日本列島全体へとゆっくりと広がっていく様子が映し出された。
浄水器のフィルターを通した余波。
それが地脈を伝い、富士山そのものを物理的・魔力的に浄化してしまった。
「馬鹿な……。大噴火の危機から一転、日本中が霊的な加護に包まれたというのか……!?」
司令官が、天を仰ぐ。
膝から崩れ落ち、床にへたり込んだ。
神話の厄災の鎮圧。
穢れきった地脈すらも、神聖な領域へと作り変える奇跡の行使。
「あの男は……あのサンダル履きの青年は、本当にこの国の……いや、世界の救世主なのか……!」
国家の防衛トップが、畏敬の念に打ち震える。
目から大粒の涙を流す。
奇跡の正体。
「有毒ガスが出ると部屋が臭くなるから」という、小市民的な『浄水器のカートリッジ交換』。
青白い光の波紋は、ただの濾過された排水。
中央指揮所に、歓喜のどよめきが湧き起こる。
日本を救った名もなき救世主への、惜しみない賛辞。
彼らのモニターに映る青白い光は、ただ静かに、そして神々しく瞬き続けていた。




