第44話:お玉の攪拌と、アクの回収
黄金の封印陣に作られた、わずかな隙間。
過剰な圧力が白い蒸気となって抜け、爆発の危機は去った。
だが、火口の底。
赤黒いマグマの海は凶暴な熱を放ち、ブクブクと泡を立てている。
地鳴り。
足元の岩肌の微かな震動。
「あっつーい。カケル君、まだグツグツ言ってるよ?」
ビニール傘を差した未亜が、火口を覗き込む。
熱波と有毒ガスは弾き返している。
だが、見た目の暑苦しさは変わらない。
「ああ。鍋の蓋をズラして吹きこぼれを防いだだけだからな」
サンダルのつま先で、岩を小突く。
温度のムラ。
底に溜まった極大の熱エネルギーと、上層の冷えた岩盤の衝突による不規則な対流。
マグマの表面には赤黒い不純物。
超高濃度の瘴気が、ドロドロと膜を張って浮いている。
「まだ火が通ってないな。それに、アクが浮いてる」
「お鍋料理と一緒だね」
「そういうことだ」
呆然と立ち尽くす特殊部隊と、へたり込む国家魔術師たち。
彼らを無視し、視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウ。
『プロセス:熱対流の正常化および不純物の分離』
『ステータス:局所加熱による温度ムラ。及び瘴気の滞留』
『対象:お玉による攪拌処理』
真っ赤なエラーログ。
吹きこぼれを防いだ後の手順。
お玉による、鍋底からの攪拌。
底の熱いスープと表面の冷たいスープを混ぜ合わせ、温度を均一化。
水流の渦を利用し、散らばったアクを一箇所に集める。
ターゲットを『富士山内部のマグマ溜まり全域』に設定。
大地を巨大な鍋と見立て、空間全体に『攪拌』のベクトルを上書き。
右手首を軽く回し、見えないお玉を握る仕草。
「大きく回すぞ」
実行ボタンをタップ。
カチリ。
赤いエラー表示が『正常』へと切り替わる。
ゴゴゴゴゴォォォォォンッ!
直後。
数万トンのマグマが動き出す。
見えない巨大な「お玉」ですくい上げられるように、ゆっくりと渦を巻き始める。
「なっ……マグマが、回っている……!?」
「逆流じゃない! 巨大な渦だ!」
特殊作戦群の部隊長の叫び。
底に溜まった熱エネルギーが、回転の力で均等に分散される。
熱の偏りの消滅。
限界突破していたマグマの温度が、スルスルと適正値まで下がっていく。
ブク……ブクッ……。
荒れ狂っていたマグマが、弱火で煮込まれるシチューのように穏やかな波を打つ。
ピタリ、と。
山の震動が鳴りを潜めた。
噴火のエネルギーが、完全な温度管理によって相殺された。
「温度はよし。あとは……浮いてきたアクだな」
マグマが渦を巻いたことで、表面の赤黒い瘴気が火口の中央へ一点に集まっている。
不純物の塊。
システムが噴火のために注ぎ込んだ、S級領域のコアエネルギー。
「アク取りシートの代わりだ。固めるぞ」
ホログラムのパネルを弾く。
中央に集まった瘴気の塊へ『圧縮』の論理を適用。
ズギュンッ!
巨大な瘴気の渦が、手のひらサイズまで凝縮。
熱を失い、真っ黒なガラス玉のような球体へと姿を変える。
ポンッ。
空中を飛んできた黒い玉を、片手でキャッチ。
「おっ。これ、結構いい熱源になりそうだな。冬場のストーブの燃料にでもするか」
「カケル君、エコだね!」
日本の半分を消し飛ばすはずだったエネルギー結晶。
ポケットに突っ込む。
「完璧だ。これで布団も汚れない」
「うんっ! 冷房の効いたお部屋に戻ろっか!」
空中の光の穴へと踵を返す。
ペタペタとサンダルを鳴らし、光の向こう側へと消えていく。
残されたのは、鎮静化し、ただの温泉の源泉と化した火口。
そして。
「……鍋の、お玉……」
「我々は……鍋の底で、右往左往していただけだと……?」
防護服の中で乾いた笑いを漏らす部隊長と。
完全に虚脱状態に陥った国家最高峰の魔術師たち。
――その頃。
地球から遠く離れた軌道上に浮かぶ、巨大な幾何学要塞。
世界の理を統べる『システム』のメインフレーム。
前回の圧力逆流によって装甲に亀裂が走り、煙を上げている。
『……エラー。富士マグマ溜まりの完全鎮静化を確認』
『地球初期化プログラム、消滅。原因:巨大な見えない「お玉」による攪拌行動』
無機質な音声が、宇宙空間に虚しく響く。
『警告。S級瘴気コアのロストを確認』
『対象(天羽カケル)によって、ストーブの燃料として回収されました』
『論理回路、深刻な矛盾を検知……理解、不能……バグ……ばぐ……』
一人の小市民の「家事」。
全知全能のシステムは、かつてない処理落ち(フリーズ)の泥沼へと沈み込んでいった。




