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第43話:おでんの鍋の蓋と、システム本体の自壊

富士山火口の縁。

特殊作戦群の背後。

白装束の老人たち。地面に描かれる複雑な幾何学模様。

国家最高位の魔術師団。

防衛省が最終防衛線として投入した、現代魔術の権威。


一斉に突き立てられる杖。

火口全体を覆う、巨大な黄金の光の壁。


「『魔導封印陣』、発動!」

「これでマグマの噴出を完全に抑え込む!」


絶叫。

血走る目。

膨大な魔力注入。

火口を完全に密閉し、物理的な力で抑え込む。


しかし。


ゴゴゴゴゴゴゴ……!


黄金の壁の下。マグマの海が狂ったように波打つ。

色は赤から禍々しい紫へ。

抑え込まれたエネルギーの行き場喪失。内部での激しい圧縮。

圧力計の針が、危険域を遥かに超えて振り切れる。


「た、隊長! 内部圧力が倍に跳ね上がっています!」

「封印陣の表面に亀裂が発生! もちません!」


オペレーターの悲鳴。

密閉による、圧力の爆発的増加。

富士山そのものが木っ端微塵に吹き飛ぶ、最悪の起爆プロセス。


「バカな……! 我ら数千人の魔術師が編み出した絶対の封印陣だぞ! なぜ抑え込めぬ!」


魔術師長が、口から血を流しながら杖を握りしめる。

神の怒りをねじ伏せるための、絶対法陣。


「あの、邪魔なんですけど」


絶望の火口に響く声。

振り返る魔術師たち。

浴衣姿にサンダルを突っ掛けた青年。

右手には、カニの殻が入ったコンビニ袋。

左手には、未亜を熱風から守る五百円のビニール傘。


「な、何者だ貴様は! 国家機密の最前線だぞ!」

「民間人がなぜここに! 命が惜しくないのか!」


老人たちの怒号。

だが青年は、冷めた目で黄金の壁を見つめている。


「見ててイライラする。沸騰した鍋にキツく蓋をしてるから、吹きこぼれるんですよ」


「……は? 鍋?」


魔術師長の間抜けな声。

国家最高峰の秘術。台所の調理器具と同列の扱い。


「おでんの鍋と同じです。大火力で煮込んでる時に、隙間なく蓋を閉めたらどうなるか。一瞬で中身が吹きこぼれて、ガスコンロが汚れるだろ」


コンビニ袋を揺らす。

熱膨張と密閉による圧力増加。

爆発の威力を無駄に高めるだけの愚策。


「必要なのは完全な封印じゃない。蓋を少しズラして、湯気を逃がしてやることだ」

「な、何を馬鹿なことを! これは神話級のエネルギーだぞ! 隙間など作れば、そこから一気に大噴火が――」


魔術師長が激昂し、杖を振り上げる。


「だから、効率が悪いって言うんだよ」


歩を進める。

サンダルが岩を鳴らす。

制止を聞き流し、巨大な魔導封印陣の前に立つ。


視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。

半透明のホログラムウィンドウの展開。


『プロセス:魔導封印陣の構造変更』

『ステータス:完全密閉による内部圧力の異常上昇エラー

『対象:おでんの鍋の蓋』


真っ赤なエラーログ。

彼らが命を削って維持している大魔術。

ただの『キツく閉まりすぎた鍋の蓋』。


「ちょっとズラすぞ」


黄金の障壁に指先を触れる。

力は入れない。

知恵の輪を外すように、術式の結節点を数センチだけ、横へスライドさせる。


カチリ。


ホログラムの表示が『正常オールグリーン』へと切り替わる。

直後。

黄金のドームの一部が、生き物のように滑らかに変形。

頂点付近に、わずか数メートルの小さな「隙間」。


「あ、唖然……! 術式を書き換えただと!?」

「我ら数百人がかりの結界を、指先一つで……!?」


魔術師たちが目を見開く。


シューゥゥゥゥゥッ!!


隙間から、溜まっていた過剰な圧力が白い蒸気となって空高く吹き上がる。

凄まじい轟音。

だが、マグマは噴き出さない。

ピンポイントで圧力だけが、安全弁から逃げるように上空へと射出される。


ブク……ブクブク……。


爆発寸前だったマグマの沈静化。

跳ね上がっていた圧力計の針が、安全圏へとスルスルと戻る。

完全な沈黙。


「よし。湯気抜き完了」


満足そうに手を払う。

火山灰で干した布団が汚れる心配も、愛車が汚れる心配もない。

完璧な、日常のインフラ防衛。


「ば、馬鹿な……。我らの絶対封印陣が……おでんの蓋……」


魔術師長が、杖を持ったまま崩れ落ちた。

人生を捧げた最高位の魔術。

サンダル履きの大学生の「火加減の微調整」による最適化。


「カケル君、もう大丈夫? お布団、取り込まなくていい?」


ビニール傘を差した未亜が顔を覗かせる。


「ああ。もう吹きこぼれない。帰ってカニの続き食うぞ」

「うん! 冷房の効いたコタツが待ってるね!」


青白いポータルへと踵を返す。

カニの殻が入ったコンビニ袋。ペタペタと鳴るサンダル。

火口に残されたのは、完全にコントロールされたマグマ。

そして、絶句して空を見上げる国家最高峰の魔術師たち。


――だが、事態は地球上だけで終わらなかった。


地球から遠く離れた、冷たい宇宙空間。

軌道上に浮かぶ『システム』のメインフレーム本体。

地球環境の初期化フォーマットを実行するため、富士山火口のマグマを起爆剤として狙いを定めていた巨大な砲口。


その砲口の真正面に。


ドゴォォォォォォッ!!


カケルが「おでんの蓋」をズラしたことで射出された、富士山の規格外の圧力エネルギー。

超高圧縮された蒸気のレーザーが、大気圏を突き抜け、エネルギーを充填中だったシステム本体の砲口へ極大のカウンターとして直撃した。


『……警告。排熱機能、許容値を突破』

『砲口内部への、未知のエネルギーの逆流を検知』

『フォーマット・シークエンス、致命的エラー』


無機質なアラートが宇宙空間に虚しく響く。

放熱を封じられ、逆に暴大な圧力を叩き込まれた巨大要塞。


メキメキ、バチバチッ!


幾何学模様の装甲に、無数の亀裂が走る。

神の直接介入。

それは、一人の小市民の「台所の知恵」が引き起こした物理的な湯気抜きによって、本体ごと無惨に自壊し始めていた。

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