第41話:鍋の吹きこぼれと、防衛省の絶望
極上のスイートルーム。冷房をガンガンに効かせた真冬のコタツ。
北海道から取り寄せた極太のタラバガニを頬張りながら、平和なテレビ特番を眺める。
だが。
点けっぱなしのテレビから、突如として耳障りな緊急警報が鳴り響いた。
『緊急特別番組です! 富士山の地下霊脈で、観測史上最大規模の魔力異常を検知!』
『繰り返します! マグマ溜まりの圧力が限界を突破! このままでは数時間以内に、日本列島の半分を消し飛ばす大噴火が起こります!』
画面に映し出される、真っ赤に染まった富士山のシミュレーション映像。
スタジオでは、防災服を着た専門家たちが頭を抱えている。
『霊脈の異常な暴走です! 噴火すれば、数千度の火砕流と莫大な火山灰が首都圏を飲み込む! 日本は終わりだァァッ!』
大パニックの報道番組。
どうやら、システムとかいう神様の本体が、腹いせに地球環境ごと俺をデリートしようと、富士山のマグマを直接操作し始めたらしい。
だが、そんなことよりも重要なエラーがある。
「うそっ……! 大噴火したら、せっかくの温泉街が灰で真っ黒になっちゃうよ! 帰りの車もドロドロに……!」
カニの殻を持ったまま、未亜が悲痛な声を上げた。
日本の危機よりも、足元の温泉旅行への泥塗り。明確なバグだ。
「それに、このカニの殻、旅館のゴミ箱に捨てたら匂いがつくしな」
「そうだな。燃えるゴミは直接火口に投げ込んでくるか。ちょっと火加減も調整してくる」
コタツから立ち上がり、浴衣にサンダルを突っ掛ける。
テレビの解説図を横目で見やる。地中深くのマグマ溜まりにだけ、異常な熱エネルギーが偏っているグラフ。
鍋の底だけずっと強火にかけてる状態だ。かき混ぜないから、熱がこもって吹きこぼれそうになる。
ポケットから黒曜石の円盤を取り出す。実家の魔力網に繋がれた延長コード。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動し、ホログラムウィンドウを展開する。
『プロセス:空間座標の再設定』
『ターゲット:富士山頂・火口上空』
座標を打ち込み、空間の結び目をピンポイントで繋ぐ。
「未亜も来るか」
「うんっ! 温泉と車を守るためなら!」
ビニール袋に入れたカニの殻を片手に、円盤が歪ませた光の向こう側へと足を踏み出す。
――その頃。
富士山火口、縁からわずか数十メートルの切り立った岩場。
展開しているのは、防衛省『特殊作戦群』の精鋭部隊。
岩肌はすでに赤熱。足元からドロドロと溶け出し始めている。
「第四結界、崩壊! 第五結界に移行します!」
「瘴気濃度、限界突破! 対魔装甲の耐久値が削られていますッ!」
怒号。悲鳴。
隊員たちが纏うのは、一着数億円の最新鋭対熱・対魔装甲服。
ヘルメットのバイザーには、真っ赤な警告アラートが無数に明滅。
後方では、数十人の特級魔術師が陣形を組み、多重防護結界を展開中だが、熱波に押し負け、ガラス細工のように次々と弾け飛ぶ。
ゴォォォォォォォォッ!
火口の底から吹き上がる赤黒い瘴気。マグマ溜まりの圧力が限界を突破。
大地が激しく揺れ、地鳴りが響く。
数分後。大爆発が起こり、日本列島の半分が灰に沈む。
「クソッ……ここまでか」
部隊長である男が、血の混じった唾を吐き捨てる。噴火を止める術はない。
パキンッ。
部隊全体を覆っていた最後の防護結界に、致命的な亀裂が走る。
「隊長! 結界、もちませんッ!」
「総員、衝撃に備えろ! 命に代えてもこの場を死守しろ!」
絶叫。火口の奥底から、極大の熱エネルギーが奔流となって押し寄せる。
視界を埋め尽くす、数千度の業火。部隊長は静かに目を閉じた。
ピチュン。
轟音の中、響く軽快な電子音。
スマートフォンの画面をタップしたような、無機質な音。
目を閉じていた部隊長が瞼を開く。
熱波に焼かれるはずの身体。無傷。
火口の真上、マグマが煮えたぎる空間。そこにポッカリと、『青白い光の穴』が開いていた。




