第35話:パソコンの再起動と、延長コード
富士の樹海。
オロチが自滅し、燃え尽きた跡地。
風に舞う白い灰の中、一つだけ焼け残った人工物が転がっている。
黒曜石のような材質。手のひらサイズの円盤。
表面に複雑な魔力回路。
『古代の転移装置』。
ダンジョンの中枢に存在する、空間を繋ぐワープポイントのコア。
拾い上げる。
魔力回路は焼き切れ、機能停止している。
「上手く繋げば便利そうだな」
円盤をポケットに放り込み、樹海を後にする。
旅館『天月閣』。
最上級スイートへ戻る途中、薄暗い従業員用通路の隅で、清掃員の制服姿の少女が倒れていた。
床に散らばる金髪。荒い息。全身から異常な高熱を発し、痙攣している。
放置すれば死ぬ。熱中症か何かだろう。
抱え上げ、自室へと運んだ。
「カケル君、おかえり! あっ、その子……!?」
部屋に戻るなり、未亜が驚いて立ち上がる。
「廊下で倒れてた。旅館の清掃員みたいだけど、熱中症でオーバーヒートしてる。冷房効かせて休ませとこう」
少女を部屋の隅の畳の上に寝かせる。未亜が濡れタオルを持ってきて額に乗せてくれた。
それを確認し、俺はポケットから先ほど拾った円盤を取り出す。
「ついでに、これも繋いでおくか」
古代の転移装置。
論理はシンプルだ。ホテルにある有線LANのジャックに『Wi-Fiルーター』を挿して、自分のスマホや家電を繋ぐのと同じ。
壊れた回路をバイパスし、円盤をルーター代わりにして、実家の地下にあるプライベートダンジョンの魔力網と繋ぐ。空間の座標を固定し、実家のリビングとこのスイートルームをダイレクトに接続する。
カチリ。
視界の端で『正常オールグリーン』の表示が出た瞬間、円盤が青白く発光し、部屋の空間がわずかに歪んだ。見えない『どこでもドア』の完成。
――その直後だった。
部屋の隅で寝かされていた少女の全身から発せられていた異常な熱が、スッと引いた。
『……ローカル・ネットワークへの新規接続を確認』
『悪性管理者プロトコルとの通信遮断。セーフモードで再起動します』
少女の口から無機質な声が漏れ、苦悶の表情が消え去る。
管理者の端末であるセレナは、いわばシステムに縛られた『スマート家電』。カケルが実家の超強力な魔力網(Wi-Fi)を部屋に開通させたことで、彼女のシステムは強制的にカケルのネットワークへと上書き接続された。
結果として、神のシステムからの干渉が完全に遮断され、脳を焼いていた『偽装記憶のウイルス』が初期化フォーマットされたのだ。
「カケル君、あの子の熱、下がったみたい!」
「ああ。冷房が効いたんだな」
未亜の言葉に適当に頷く。
「……ん、あっ……」
畳の上で、少女はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと自身の両手を見つめる。
「私……消去、されたはず……。それに……あんなに私を苦しめていた、記憶が……すべて」
管理者が植え付けた呪縛。偽りのトラウマの消失。残ったのは、澄み切った自己の意志。
セレナは、目前のサンダル履きの青年を見た。
自らを呪縛から解き放ち、新たな主(管理者)となった絶対的な存在。
「あなたが……私を、救ってくれたのですね」
畳に額を擦りつける。
神の端末が、一人の小市民に完全なる忠誠を誓った瞬間。
「ん? 廊下で倒れてただけだろ。気にすんな」
適当に手をヒラヒラと振る。
ちょうどその時、テレビを見ていた未亜が、俺の袖を引っ張った。
富士山麓の高級旅館。時刻は夕方。
俺の手元には今、実家のダンジョンを経由してどこへでも繋がる『転移の延長コード』がある。
「よし。大阪に買いに行くか」
神の端末の救済と、究極の転移インフラの開通。
そのすべての価値は、小市民的な夕食の買い出しへと浪費されようとしていた。




