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第34話:摩擦熱と配線工事、廃棄される令嬢

ジリジリと、肌を焼くような熱気。

富士の樹海を侵食していたS級領域の最深部が、巨大なオーブンへと変貌している。


八岐の蛇、オロチ。

エリア消去プログラムの核は自爆プロセスに移行し、体内で極大の熱エネルギーを暴走させている。


「アツッ……サウナかよ」


浴衣の袖で額の汗を拭う。

夏の猛暑の中、目の前の巨大な爬虫類がストーブ代わりに発熱している。

不快。


ゴルォォォォォォッ!


オロチが八つの首を振り乱し、絶叫する。

大地に接着された巨体を力任せに引き剥がそうと、猛烈な勢いで身をよじる。

致命的なエラー。


俺が書き換えた空間は、コーティングの剥がれた『焦げ付いたフライパン』。

摩擦係数は極大。

そこに、鋼鉄の鱗を持つ巨体が超高速で擦り付けられる。

火起こしの原理。凄まじい物理的な摩擦熱の発生。


ギギギギギッ!

ボワァァァッ!


鱗と空間が擦れ合う境界から、爆発的な炎が噴き上がった。

体内で暴走する自爆の熱量。

外部からの極大の摩擦熱。

内外から同時に炙り出された神話級の怪物は、強火のフライパンに押し付けられた生肉。


ギャァァァァァァァッ!!


断末魔の悲鳴。


「自分で動いて勝手に燃えるとか、効率悪いな」


踵を返す。

わざわざ手を下す必要はない。

強大なパワーと巨体が、己を焼き尽くす燃料になっている。

放置すれば、勝手に灰になる。


背後で荒れ狂う炎の嵐を背に、ペタペタとサンダルを鳴らして森を歩く。


数分後。

熱気がスッと引いた。

振り返る。山のように巨大だったオロチの姿はない。

大地に残されているのは、風に舞う一握りの白い灰だけ。

究極の自滅。


空を覆っていた赤黒い瘴気が晴れる。

夏の青空。


ポケットからスマホを取り出す。

圏外だったアンテナマークが、バリ3の正常値。


「よし。電波障害クリア」


全国グルメ特番の開始時間が迫っている。


老舗高級旅館『天月閣』。

最上級スイートの扉を開ける。設定温度二十四度の完璧な冷気。

極上のオアシス。


「あ、カケル君! おかえりなさい!」

「ただいま。アンテナ直ったぞ」


座椅子に深く腰を下ろす。

未亜がリモコンの電源を入れる。

砂嵐が消え、クリアな高画質で特番の映像が流れ始めた。

画面の中、リポーターが海鮮丼を頬張っている。


「わぁっ、映った! ちょうど始まったところだよ!」

「完璧だな。さて、お茶でも飲むか」


冷たい麦茶を一気に飲み干す。

神話の怪物の灰燼。ただのテレビアンテナの配線工事。

平和なバカンスの再開。


――だが、その平穏の裏側。


旅館の薄暗い従業員用通路。

清掃員の制服を着たセレナ・フォーン・ブレイブは、壁に手をつき、ふらふらと歩を進めていた。


「はぁっ……はぁっ……」


乱れた金髪。虚ろな瞳。

森の木陰で、彼女はすべてを見ていた。

管理者の最高位プログラムが、ただの『焦げ付き』として大地に縛られ、自らの熱で惨めに燃え尽きる様を。


魔法すら使っていない。

背を向け、歩き去っただけ。

神の威信の完全な灰燼。


「あいつは……バグじゃない……。世界そのものを、自分の都合で……っ」


ガクン。

セレナの膝が折れ、冷たい廊下に崩れ落ちる。


『……システムより通達』


脳内に、無機質で冷酷な音声。


『S級領域の消去プログラム、完全沈黙を確認』

『対象(天羽カケル)の排除に失敗』

『エージェント・セレナ。貴機に割り当てられた全タスクの実行不能を検知』


「ま、待って……私はまだ……!」


這いつくばり、虚空へ手を伸ばす。

神の宣告。


『存在価値ゼロ。これより、貴機を不要データとして破棄デリートします』

『強制シャットダウン・シーケンスへ移行』


「あ……ああ……っ!」


ブツン。

視界の暗転。

セレナの意識は、底なしの闇へと強制的に引きずり込まれた。


暗殺者としての存在意義。

埋め込まれた悲劇の記憶。

すべてを否定され、システムから見捨てられた令嬢。

華奢な身体が、ピクリとも動かなくなる。


極上の温泉バカンスを謳歌する真下。

哀れな神の端末は、冷たい廊下で完全に機能停止していた。

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