表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/46

第32話:知恵の輪と、近所迷惑な咆哮

黒く淀んだ空。

富士の樹海を覆い尽くす、巨大な半球状の魔力障壁。

表面には真紅の幾何学模様が蠢き、空間そのものを軋ませている。


「第参小隊、魔導砲一斉射撃ッ!」

「ダメです! 反射されますッ!」


絶望的な報告が飛び交う最前線。

最新鋭の戦車砲弾も、高位探索者たちの特級魔術も、黒い壁の表面で虚しく弾け飛ぶ。

着弾の衝撃を吸収し、威力を増して跳ね返す理不尽な防御機構。

防衛軍の兵士たちは、無力感に歯を食いしばる。


「退避しろ! これ以上は無駄だ!」


指揮官の悲痛な怒号。

その緊迫した戦場を、場違いな足音が横切った。


ペタ、ペタ。


浴衣姿にサンダル。

温泉街から散歩に来たような格好の青年が、砲火の残り香が漂う最前線を歩く。

眼前にそびえ立つ巨大な黒い壁を見上げる。


「なるほど。これが電波を邪魔してるのか」


アンテナ調整への、物理的な障害物。

近付く。表面を流れる魔力の構造。

幾重にも絡み合った高密度の魔力繊維が格子状に編み込まれ、外部からの物理・魔力的衝撃を分散・反射する仕組み。


「おい、そこの民間人! 下がれッ! 結界の反射波に巻き込まれるぞ!」


背後で兵士が叫ぶ。

怒声を背に、バグ修正に意識を向ける。


視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。

半透明のホログラムウィンドウを展開する。


『プロセス:空間遮断障壁の解除』

『ステータス:高密度魔力結節点による物理的・魔力的拒絶エラー

『警告:これ以上の干渉は結界の暴走を招く恐れあり』


真っ赤なエラーログ。

力任せの大砲では壊れない。

衝撃を与えれば与えるほど、魔力の結び目が硬く締まる構造。

固結びされた紐を、無理やり両端から引っ張っているのと同じだ。


必要なのは破壊力ではない。

百均の『知恵の輪』の要領。


絶対に外れない金属の輪。

力任せに引っ張るのではなく、特定の角度にスッとずらすだけで簡単に抜け落ちる。

魔力の結び目も同じ。


ターゲットを『魔力格子の結節点』に設定。

ホログラムのパネル上、最も負荷が集中している中心の結び目を選択。

破壊エネルギーではなく、ベクトルを九十度ずらす『回転』の論理を適用。


カチリ。

赤いエラー表示が『正常オールグリーン』へと切り替わる。


「よし。こんなもんか」


サンダル履きのまま、黒い絶対障壁に指先を触れる。

知恵の輪を外すように、魔力の流れをほんの数ミリ、横へずらす。


カチャン。


金属の輪が外れたような音。

直後。


「……なっ!?」

「け、結界が……!」


背後で防衛軍の兵士たちが息を呑む。

火力を弾き返していたS級バリア。

その表面に、一本の亀裂。


結び目の一つが解け、緻密に編み込まれていた魔力の格子が連鎖的に崩壊していく。

パラパラと。

砂上の楼閣が崩れ落ちるように、黒いドームが音もなく崩れ去った。


空を覆っていた障壁が消滅。

夏の陽射しが樹海に差し込む。


「ば、馬鹿な……。数日がかりで、全軍の火力を結集しても傷一つつけられなかった絶対防壁が……」


指揮官が腰から崩れ落ちた。


「たった指一本で……指先で撫でただけで、消滅したというのか……!?」


唖然とする防衛軍。

彼らにとっては人類の存亡を賭けた死の壁。俺にとってはただの『知恵の輪』。

パズルを解く手軽さで、電波障害のガワを剥がした。


――その光景を、少し離れた木陰から見ていたセレナは、己の目を疑っていた。


「えっ……? アンテナ……?」


管理者が展開した絶対の消去プログラム。それが、浴衣姿の男に「テレビの電波が悪いから」という理由で、指一本で解除された。

彼女が抱いていた恐怖と絶望が、音を立ててギャグに塗り替えられていく。


「これで少しは電波がマシになったか」


カケルがスマホを取り出し、アンテナの受信状況を確認する。

圏外のまま。バリアを張っていた『本体』が、まだ奥で強力な磁場ノイズを発している。


「面倒だな。元栓から締めないとダメか」


テレビの特番が始まってしまう。

未亜を待たせるわけにはいかない。

ため息を一つ。

バリアが消えて剥き出しになった樹海の奥へと足を踏み入れる。


背後からの「待て! その先は未踏破領域だ!」という制止の声を、適当に手を振ってやり過ごす。


――その時。


ゴルォォォォォォォォォッ!!


樹海の最深部から、大気を震わせる巨大な咆哮。

空気が震え、周囲の木々が揺れる。


管理者のエリア消去プログラム。

中核を担うS級の絶対的ボスが、自身の守りを破られたことに呼応し、明確な殺意を持って目覚めた。


「ひぃっ……!」

「な、なんだ今の鳴き声は……! 底知れない魔力圧……!」


残された防衛軍の兵士たちが、顔面を蒼白にして後ずさる。


だが。


「うるさいな。近所迷惑だろ」


静かな温泉街の空気を震わせる、ただの騒音。

極上のバカンスへの泥塗り。

サンダルを鳴らし、不機嫌な足取りのまま、絶望の咆哮が響く森の奥へと向かう。

「面白い!」「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ブックマークに追加と、評価で応援していただけると、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ