第3話:ダンジョンの窓閉めと、巨大なホコリの毛玉
口座の残高は五百万円になった。
確かに大金だ。だが、手放しでは喜べない。
「最近、電気代が高くてエアコンつけるの躊躇うよね……」
部屋の片付けを手伝ってくれている未亜が、テーブルの光熱費の請求書を見てこぼした。
俺もそっと請求書の額面を見る。
来年の税金も恐ろしい。五百万円など、各種税金と保険料の増額であっという間に半分近く消し飛ぶ。
さらに電気代もガス代も、毎月のように値上がりしているのだ。
未亜と快適に過ごすためにも、抜本的なコスト削減が必要だった。
実家の地下ダンジョン。
広さは近所のコンビニ店舗ほどだ。
出現するスライムの数はまばらで、一時間に数匹といったところ。
俺はこれまで、スキル『論理最適化』を使い、スライムの魔力ホースのねじれを指で弾いて修正し、自壊させて魔石を拾っていた。
だが、これではひどく手間がかかる。
俺の体力はFランクだ。冷える地下室にパイプ椅子を持ち込み、何時間も張り付いてスライムの出現を待ち続けるのは未亜にも心配をかける。
俺は地下室の真ん中に立ち、スキルを空間全体へと拡張させた。
視界に半透明のホログラムウィンドウが幾重にも展開される。
スマホの動作確認画面と同じだ。ダンジョン第一層の環境ログがずらりと並んだ。
『冷気循環:1%』
『窓の隙間:全開エラー』
『状態:冷気の外部漏れ』
真っ赤な警告表示の嵐だった。
一目で原因がわかる。
この地下空間は、「真夏に窓とドアを全開にして、エアコンをフル稼働させている」状態だ。
ダンジョンの奥底から湧き出した魔力(冷気)が、空間のあちこちにある見えない隙間からダダ漏れになっている。
だからモンスターの発生頻度が低く、弱々しいスライムしか生まれない。
俺はホログラムのパネルを操作した。
小難しい魔法の知識などいらない。ただ、開けっ放しになっている窓を閉めるだけだ。
空間の歪み(隙間)を指先でなぞり、隙間テープを貼るように塞いでいく。
これで魔力は外に逃げない。
次に、エアコンの風向き(ルーバー)を調整する。
部屋の四隅に散らばっていた魔力の流れを、部屋の中央、たった一点に向かって集中するように風向きの設定を書き換えた。
ピピッ。
警告表示がすべて『正常』に反転する。
途端に、地下室の空気がピリッと張り詰めた。
漏れなくなった魔力が、部屋の中央で渦を巻き始める。
「よし。これで一晩放置しよう」
扇風機の風を一箇所に集めただけだ。
特別な魔力も体力も使っていない。
俺は欠伸をして地下室の扉を閉め、自室の布団に潜り込んだ。
翌朝。
日本の中枢、霞が関の地下深く。
国家ダンジョン保安庁の中央管制室で、けたたましい非常ベルが鳴り響いていた。
「第一種警戒態勢! 首都圏郊外にて、規格外の魔力異常収束を検知!」
「数値は!? 特級ダンジョンの発生か!?」
防護服に身を包んだ長官が、血相を変えてオペレーターの席に詰め寄る。
オペレーターは震える指でキーボードを叩いていた。
「測定不能です! 一点の座標に、国家を消し飛ばすレベルのエネルギーが極限圧縮されています! まるで戦略級の魔法兵器が製造されているような……!」
「馬鹿な! 内閣府に直通回線を繋げ! すぐに特殊制圧部隊を出動させろ! 相手が何者であれ、発動前に必ず取り押さえるんだ! 対応が遅れれば日本が滅亡するぞ!」
一方、その頃。
俺は台所でやかんを火にかけ、未亜と一緒に飲むためのインスタントコーヒーを淹れていた。
その時だった。
ドサァァァンッ!!
凄まじい爆音とともに、玄関のドアが吹き飛ばされた。
粉塵が舞い散る。
マグカップを持ったままリビングに出た俺は、目を瞬かせた。
黒い特殊防護服に身を包み、魔導小銃を構えた数十人の部隊が、家の中を完全に包囲していた。
その中心にいる、勲章をぶら下げた初老の男(長官)が、地下室の扉を開け放って絶叫する。
「な、なんだこれはあああっ!?」
俺もコーヒーをすすりながら、地下室を覗き込んだ。
部屋の中央。
そこには魔石ではなく、バスケットボール大の黒く輝く球体が浮かんでいた。
空間の魔力を一点に集めすぎた結果、ダンジョンそのものを制御する『極大コア』が生成されてしまったらしい。
部屋の隅にホコリが吹き溜まり、巨大な毛玉になったのと同じ現象だ。
長官らしき男が、銃口を俺に向けた。
その手はガタガタと激しく震えている。
「き、貴様! ここでどんな大量破壊兵器を製造しているんだ!?」
「兵器? いや、ただ開けっ放しだった窓を閉めて、エアコンの風向き変えただけですけど。部屋の隅にホコリ集めるのと同じなんで」
「ま、窓!? エアコン!? いったい何の暗号だ!」
長官は地下室のコアを見て、ついに銃を取り落とし、膝から崩れ落ちた。
「空間の隙間を完全に塞ぎ、これほどの魔力を一点に留めておくなど……神の御業だ。一歩間違えば日本が消滅するぞ! 貴様、この超絶的な爆弾を人質に、国を脅迫する気か!?」
「いや、ただのホコリの毛玉ですって。それより、土足で上がるのやめてもらえますか? 掃除面倒なんで」
「ひっ……!」
無表情にツッコミを入れた俺を見て、長官は顔面を蒼白にした。
『これほどの兵器を前に、微塵も動揺していない。真の化け物だ』と勘違いしたらしい。
「わ、わかった! どうか我が国と敵対しないでくれ! 何でもする!」
長官が土下座の勢いで、玄関の床に額を擦り付けた。
何でもする。
その言葉に、俺はすかさずスマホの税金計算画面を見せた。
「じゃあ、この家の固定資産税と、俺の所得税、全部免除してもらえませんか? あと、今後の光熱費もそっち持ちで」
「……は?」
長官が間抜けな声を漏らす。
「いや、だから税金と光熱費です。払えそうですか?」
「た、たったそれだけでいいのか!? 国家に対する不可侵条約の対価が、光熱費の肩代わり!?」
「はい。冬場もためらわずにエアコンつけたいんで。無理ならいいですけど」
「払う! 払わせていただく! 今すぐ特級免税ライセンスを発行する!」
長官は懐から専用端末を取り出し、猛烈な勢いで電子書類にサインを書き殴った。
ピコン。
俺のスマホに『国家特別免税措置・ライフライン永年無償化』のデジタル証明書が届く。
即時発行だ。仕事が早い。
「あ、確認しました。じゃあ足元の毛玉コア、持って帰っていいですよ。邪魔なんで」
「け、毛玉……っ!」
長官たちは震える手でコアを厳重なケースに収め、嵐のように去っていった。
玄関のドアを壊されたことには腹が立ったが、まあ、修理代も国に請求すればいいだろう。
税金も光熱費も一生タダになった。
リビングに戻ると、騒ぎに怯えていた未亜が目を瞬かせている。
俺はエアコンのリモコンを手に取り、ピッとスイッチを入れた。
「これで電気代タダらしいから、これからは気兼ねなくエアコンつけ放題だね」
「ええっ!? カケル君、本当に何したの!?」
驚きつつも嬉しそうに笑う未亜と一緒に、俺は涼しい風を満喫した。
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