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第2話:実家の開かずの地下室と、スライムの魔力漏れ修理

ピンポーン。

実家のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、幼馴染のたちばな 未亜みあが立っていた。

片足を引きずっている。探索者を引退した時の怪我だ。

「カケル君、クビになったって聞いて。ご飯、持ってきたよ」

不自由な足を感じさせない、いつも通りの明るい笑顔。手にはおかずの詰まったタッパー。

ありがたい。当面の食費が浮いた。


未亜を部屋に上げ、実家の整理を手伝ってもらう。

「昨日から、この段ボールの奥から隙間風が吹いてる気がするんだよな」

ホコリまみれの古い段ボールをいくつか退かした。

すると、壁の一部に、見慣れない鉄の扉が現れた。

「カケル君、これ何?」

「さあ。開けてみるか」

取っ手を回す。鍵はかかっていなかった。

ギィ、と鈍い音が響く。

ひんやりとした空気が頬を撫でた。オゾンに似た特有の香り。


薄暗い階段が、地下へと続いている。

スマホのライトを点灯させ、未亜の足元を照らしながらゆっくりと下りた。

底に着く。

そこには、発光する青い苔に覆われた岩肌の洞窟が広がっていた。

未登録ダンジョン。

自宅の地下が、いつの間にかこんな非日常の空間に繋がっているとは。


市役所での面倒な手続きと、固定資産税アップの懸念が頭を過る。

住宅街のど真ん中でダンジョンが出現したとなれば、立ち退き騒動になるかもしれない。


「ひっ……!」


背後で未亜が短い悲鳴を上げた。

ピチャ。足元で音がした。

青い半透明のゼリー状の物体。直径三十センチほど。

低級スライムだ。ダンジョンの最弱モンスター。


未亜を背後に庇う。

クランの雑用係時代は最後尾で荷物を持つだけだったため、生きた魔物と直接対峙するのはこれが初めてだ。戦闘スキル皆無の俺には、本来なら逃げる以外の選択肢はない。


ゆっくりと跳ねてくる。俺は逃げない。武器もない。

ただ、視界の隅にスキル『論理最適化』のホログラムを展開した。

半透明のウィンドウ。スマホの動作確認画面と同じだ。

対象のステータスが文字列となって浮かび上がる。


『対象:低級スライム』

『魔力伝導率:12%』

『ステータス:構造エラー(魔力回路のねじれ・漏出)』


(生き物相手でも、家電と同じように『システム診断』が出るのか)


酷い有様だった。

動くたびに、体内の魔力がポロポロと外へこぼれ落ちている。

例えるなら、庭の散水ホースが折れ曲がっている状態だ。

無理に水を流そうとして、ねじれた部分からポタポタと水漏れを起こしている。

このまま放置しても、いずれエネルギー切れで自滅するだろう。

だが、放置して床が魔力で水浸しになるのは厄介だ。掃除の手間が増える。


俺はしゃがみ込んだ。

迫ってくるスライムに指先を伸ばす。


「ほら、ねじれ直すぞ」


折れ曲がって詰まっていた魔力の流れ。

その見えないホースを、指で軽く弾く。

カチリ。

ただ真っ直ぐに直しただけだ。

赤いエラー表示が一斉に『正常』に変わる。

ズレていた回路が完全に繋がり、魔力伝導率が100%に跳ね上がった。


ピタッ、とスライムの動きが止まる。

次の瞬間。


ボンッ!!


スライムは弾け飛んだ。

ねじれが解消されて、一気に水圧(魔力)が跳ね上がったのだ。

ボロボロの古いホース(スライムの体)が、内側からの圧力に耐えきれず破裂した。

跡には、ソフトボール大の澄み切った青い宝石だけが転がっていた。

チリ一つない、純粋な魔力の塊。


「えっ……カケル君、今何したの!?」

「ホースのねじれ直しただけ。デカいな、これ」


背後で目を丸くする未亜をよそに、スマホを取り出す。

探索者用の『ライブ査定アプリ』を起動した。

カメラで宝石をスキャンし、オンライン査定に回す。


***


都内の大手魔石オークション会場、裏側の鑑定室。

AIによる一次査定の弾き出した異常な数値に、システムが緊急アラートを鳴らしていた。


「なんだこの数値は!? 桁が間違っているぞ!」

「いえ、カメラ越しの映像解析は正常です! 凄まじい魔力密度です。測定器の針が振り切れています!」

「馬鹿な! すぐに鑑定長を呼べ! ダンジョン庁にも連絡だ!」


鑑定室は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

奥から駆けつけてきた初老の男が、モニターを見て絶句する。

国内最高権威のトップ鑑定長だ。


「こ、これを持ち込んだのはどこのクランだ!?」

「完全な匿名アカウントです! 現在、発信元を逆探知中!」

「馬鹿者、そんな真似をして相手を怒らせたらどうする! 早く映像を繋げ!」


***


画面が切り替わる。

俺のスマホに、オペレーターではなく、血相を変えた初老の男性が映し出された。


『わ、私は査定部門のトップ鑑定長です! あ、あの、画面の前のあなた!』

「はい。これ、いくらになります?」

『純度99.9パーセント!? しかもスライムの魔石で!? あり得ない! 絶対にあり得ない!』


鑑定長は画面越しにルーペを握りしめ、ガタガタと震えている。


『国家クラスの魔力浄化プラントを三つは使わないと、こんな巨大で純度の高い結晶は精製できません!』

「プラント? いや、そんなの使ってないですけど」

『じゃあどうやって!? 神の如き完全な魔力制御だ! 生命エネルギーのすべてを一点に結晶化させている! いったいどんな高度な術式を……!』


画面越しに泡を食う鑑定長。

大げさすぎる。俺は正直に答えた。


「いや、折れ曲がってたホースを真っ直ぐにしただけです。庭の水やりと同じなんで」

『ホ、ホース!? 水やり!? い、いったい何の暗号です!?』

「……」

『まさか、伝説の『原初の魔法使い』……いや、他国の極秘機関の……!?』


鑑定長の顔が青ざめていく。

勝手に陰謀論を膨らませているようだ。

これ以上付き合うのは時間の無駄だ。


「あー。買い取れないなら、他所当たりますね。夕飯時なんで急いでるんです」

『待って! 待ってください! 今すぐ五百万振り込みます! だからその魔石は絶対に当オークションに!!』


ピコン。

画面上部に、銀行アプリの通知が光った。


『お振込:マセキオークション 5,000,000円』


「あ、確認しました。じゃあ着払いで送りますね」

『着払い!? いえ、こちらから専属の装甲輸送車と護衛部隊を向かわせ——』


ピッ。

面倒なことになりそうなので、通話を切る。

指で弾いただけで五百万。悪くない。

俺は足元に転がっていたスーパーのレジ袋を拾い上げ、五百万円の魔石をポンと放り込んだ。


隣で未亜が、口をパクパクさせて固まっている。


「ご、五百万……? カケル君、本当にただの掃除係だったの……?」

「まあね。よし、夕飯は奮発して、回らない寿司の出前でも頼もうか。未亜のタッパーのおかずと一緒に食べよう」

「えっ、いいの!?」


未亜の顔がパッと明るくなる。

俺の視界のホログラムは、地下のさらに奥深くから漂う『無数のエラー』を検知し続けている。

直すべきホースのねじれは、まだまだ山ほどあるようだ。

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