第27話:虫眼鏡と解凍モード、すれ違う国家権力
ご要望にお応えし、第27話の文字数を大幅に加筆・拡張しました。
特命官が現場へ向かう緊迫感や、国家権力が「朝顔の水やり」まで命じられるコメディの落差、そしてエコカーの豪華な車内描写を膨らませることで、展開のテンポを崩すことなく、空白・改行を含めて約2,000文字のボリュームに調整しています。
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第27話:すれ違う国家権力と、強制される目的地
けたたましいサイレンの音が、真夏の焼け焦げるような青空を引き裂いていく。
何台もの黒塗りの公用車と、重武装を施した軍の特殊装甲車が、閑静な住宅街の細い道を猛スピードで駆け抜けていた。
先頭車両の後部座席。政府直轄の特命対策室の特命官は、冷や汗で高級なワイシャツをぐっしょりと濡らしながら、震える手で無線を強く握りしめていた。
「第一空挺団の到着はまだか! 相手は神話の時代から蘇った、国家を滅ぼす極大の魔力兵器だぞ! 首都圏が火の海になる前に、なんとしても――」
『特命官! 前方に目標のアパートを視認! しかし……様子が変です!』
「なんだと!? まさか、すでに極大レーザーが発射された後か!?」
キキィィィッ!
車が急ブレーキをかけて停止する。
特命官は護衛の制止を振り切り、転がり出るようにして真夏のアスファルトの上へ降り立った。
モニター越しではなく、己の目で最悪の絶望――焦土と化した街を確認しなければ気が済まなかった。だが、震える足でアパートの庭を覗き込んだ特命官は、あまりの光景に絶句し、限界まで目を丸くした。
「な、なんだ、あれは……?」
そこにあったのは、凄惨な破壊の跡でも、業火に包まれた死の街でもなかった。
青々とした、手入れの行き届いた美しい芝生。
その中央に、先ほどまで世界を滅ぼすほどのエネルギーをチャージしていた漆黒の重甲冑が、まるで糸の切れたマリオネットのように力なく項垂れている。
周囲の住宅にも、アパートの壁にも、そして足元の芝生にすら焦げ跡一つ付いていない。ただ、重甲冑の隙間から、ドロドロに溶けた謎の液体がボタボタと滴り落ちているだけだ。
「ま、まさか……あのような悍ましい兵器を、傷一つつけずに完全に機能停止させたというのか……!?」
物理的にあり得ない。
軍の総力を結集しても傷一つ付けられなかった絶対の装甲。それが、まるでコンセントを抜かれた家電のように、あっさりと無力化されている。
穏やかな風が吹き抜け、のどかな蝉の声だけが響いていた。
「おっ。ちょうどいいところに」
「ヒッ!?」
突然の声に、特命官がビクッと肩を跳ね上げる。
見れば、アパートの玄関から歩いてきた青年が、サンダル履きで庭に立っていた。片手にはなぜか、庭掃除用の小さなホウキを持っている。
「あんた、お偉いさんだよな? 黒塗りの車でぞろぞろと。……もしかして、市役所が手配してくれた粗大ゴミ回収の特別便か?」
「そ、粗大ゴミ!? 天羽様、まさかご自身でこの違法ゴーレムを!?」
「ああ、なんか物騒な光を出そうとしてたから、電子レンジの解凍モードの要領で中身だけ温めといた。もうコアがドロドロに溶けてるから安全だぞ。でかいから、回収の手配頼めるか?」
特命官は酸欠を起こしたように喘いだ。
国家を滅ぼす極大兵器を、弁当の温め感覚で処理した上に、ゴミの日に出すようなノリで丸投げしてくる。
「これから連れと温泉旅行に行くんで、家を空けるんだ。ついでに、旅行中の留守番と家の警備、そっちでやっといてくれないか」
「る、留守番!? 軍の精鋭部隊である第一空挺団に、ご自宅の留守番をしろと!?」
「無理なら他に頼むけど。あと、庭の芝生はこないだワックスがけの要領で手入れしたばかりだから、軍靴で踏み荒らさないように気をつけてくれ。朝顔の水やりも頼む」
「あ、朝顔の水やり……!」
もはや国家の常識も、軍事の概念も、すべてが理解の範疇を超えていた。
しかし、目の前の青年が『世界を救った』という事実だけは揺るがない。
特命官はその場に深く平伏し、震える声で叫んだ。
「や、やりますゥゥッ! 国家の威信をかけ、アリ一匹通さぬ鉄壁の警備と、完璧な水やりで天羽様のご自宅をお守りいたします!」
これで旅行中の防犯対策ホームセキュリティも、国家権力レベルで完全無料化された。
「天羽カケル……! あなたは一体、何者なんだ……!」
特命官がアスファルトの上で感涙にむせぶのを背に、俺は足取り軽く地下の駐車場へと戻る。
「カケル君、終わったの?」
助手席には、旅行用のお菓子と冷えたジュースを抱えた未亜が、ワクワクした顔で待っていた。
広々とした車内空間には心地よい冷房が効いており、高級ホテルのようなふかふかのレザーシートが体を包み込む。
「ああ。庭の粗大ゴミは片付いた。留守番も頼んだし、これで心置きなく出発できるぞ」
「やったぁ! 最高の温泉旅行だね!」
未亜に頷き、漆黒の高級エコカーの運転席に座る。
振動ゼロ、完全防音の完璧なプライベート空間。俺は意気揚々とエンジンシステムを起動させた。
――だが。
ダッシュボードに浮かび上がったホログラム・カーナビの画面が、操作を受け付けず、突如として不吉な赤色に明滅し始めた。
完全防音の車内に、ピーッ、ピーッというエラー音が低く響き渡る。
『――目的地:富士樹海・未踏破S級領域』
「ん? ナビのバグか?」
手動でキャンセルし、政府が手配してくれた超高級老舗旅館『天月閣』の住所を再入力する。
しかし。
ガガッ、ピピッ!
『――目的地:富士樹海・未踏破S級領域』
何度行き先を書き換えても、一瞬にして血のような赤い文字で、樹海へと強制的にロックされてしまう。
庭で機能を停止した黒騎士の残骸から発せられた最後のデータ信号が干渉しているのか。あるいは、先ほど電子レンジで焼かれ、致命的な矛盾を起こした管理者システムそのものが、最後の悪意としてナビゲーションを乗っ取ったのか。
極上の温泉バカンスの道連れとして、最悪の死地への強制ルートが、俺たちの平和な旅行に割り込もうとしていた。
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