第26話:電子レンジの解凍機能と、トラウマの融解
地下の駐車場。旅行用に魔改造したエコカーのナビが赤く明滅し、『富士樹海・未踏破S級領域』の文字を映し出している。
「ナビのバグか」
温泉の住所を入れ直そうとした、直後。
ズズズンッ……!
真上のアパートの庭から、重低音の地響きが伝わってきた。助手席の未亜のスマホが緊急速報を鳴らす。
「カケル君、庭のあれ、また動いてるみたい……! 街が吹き飛んじゃうってニュースで言ってるよ!」
「あの黒い粗大ゴミか。しぶといな」
未亜が震えるのを横目に、運転席のドアを開ける。
「ちょっと見てくる。出発前に適当に片付けるから、車でお茶でも淹れて待ってて」
足元はラフなサンダル履き。そのまま階段を上がり、庭へと出る。
ジリジリと空気が焦げる音。
庭の芝生の上で、漆黒の重甲冑が立ち上がり、その胸部で極大の魔力レーザーが臨界点に達しようとしていた。肌を刺すような高濃度の魔力波。鼻をつく不快なオゾンの匂い。
「眩しいな。ご近所迷惑だろ」
大きな欠伸。
ニュースでは国家存亡の危機。だが、俺にとってはただの『動く粗大ゴミ』だ。
とはいえ、爆発すれば昨日手入れした芝生が台無しになる。これから向かう温泉旅行への明確な足止め。家と庭を傷つけず、安全かつ静かに無力化する。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
『プロセス:極大魔力攻撃の無力化』
『ステータス:高密度の魔力障壁および重装甲による防御エラー』
『警告:物理破壊による周囲への二次被害リスク』
真っ赤なエラーログ。
解決法はシンプル。小難しい軍事魔術も、神話級の防御を貫く剣も不要。小学校の理科の実験と、台所の家電の組み合わせ。
『虫眼鏡』と『電子レンジ』のロジックだ。
ターゲットを『黒騎士の内部コア』に設定する。
胸部に集まる莫大なエネルギーを、虫眼鏡で黒い紙に太陽光を集めるように、奴自身の内部コアただ一点へと強制的にピントを合わせる。
そして、電子レンジの『マイクロ波加熱』の概念を上書き。外側のパッケージを焦がさず、内部の水分だけを振動させ摩擦熱を生み出す。
「冷凍弁当の解凍モードだな。中身だけアツアツにしてやる」
実行ボタンを押す。
カチリ。赤いエラー表示が『正常オールグリーン』へと切り替わる。
発射寸前だった極大のレーザーが消滅。外に放たれるはずだったエネルギーが、黒騎士の内部へと強烈に逆流し、収束した。
ジジッ……ジジジジジッ……!
装甲の内側から、何かが煮え滾るような嫌な音が響く。
電子レンジに見立てた魔力振動が、内部コアを超高温で加熱している。外側の漆黒の装甲は冷たいまま。傷一つない。
だが、その内側。システムを統括する中枢コアが、ドロドロに溶け落ちていた。
プシューゥゥゥ……。
ガクリ。神の代行者である最強のエージェントは、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ伏して完全に沈黙した。
「よし。これで粗大ゴミの処理完了」
――同時刻。
遠く離れた、豪奢な洋館の一室。
セレナ・フォーン・ブレイブは、モニター越しにその光景を見て、呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あり得ない……。私の大切なすべてを奪った、絶望の象徴が……」
セレナの脳内に埋め込まれた『黒騎士にすべてを奪われた悲劇の記憶』。
その強大で恐ろしいはずのトラウマが、まるでコンビニ弁当のように内側からチンされて、ドロドロに溶けていく。
「あんな……あんな電子レンジの機能で、私の悲劇が……? じゃあ、私の記憶は、私の絶望は、いったい何……?」
『――警告。致命的な論理矛盾。記憶データの整合性エラー』
セレナの瞳から光が消える。
システムが彼女に植え付けた完璧なシナリオは、弁当を温めるロジックを前に、完全に崩壊しようとしていた。
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